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『シン・エヴァンゲリオン劇場版』は、たぶん、庵野監督の最高傑作になるから期待していいと思う話。

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気がつけば、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』が公開されてから8年が経過していることに驚きを隠せません。そりゃ、俺も歳を取るはずだよなぁと思います。

 

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さて、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズ3作目である『Q』は賛否両論の作品となりました。俺自身も公開当初は「これをどう受け止めるべきか?」でかなり悩んだ覚えがあります。しかし、あれから8年の月日が経ち、『Q』の良いところ、悪いところがなんとなく分かってきたとともに、残念ながら公開が延期されてしまったけど次に控えている『シン・エヴァンゲリオン劇場版』について、こうなるんじゃないかという考察を述べてみたいと書いてみたいと思います。

 

ヱヴァンゲリヲン新劇場版』は、第一作の『序』は1995年に放映されたテレビシリーズをほぼ同じ展開でスタートし、少しずつ物語はテレビシリーズとは異なる展開を見せ、最後は見たこともない第6の使徒ラミエル戦のヤシマ作戦で幕を下ろしました。庵野秀明監督の代表作であり、世紀の大失敗作である『新世紀エヴァンゲリオン』という作品を、「今の俺ならこんな風に作れる!」という意志を強く感じた作品だったと思います。

 

新世紀エヴァンゲリオン』は、本放送がはじまった段階で15話までしか作れておらず、どうやっても後半部分は思い描いた物語を作れない制作体制だったと聞きます。新劇場版第二作目であった『破』は、テレビ版7話~19話までの内容を凝縮したものでした。これは庵野監督にとって後悔の残る後半部分にケジメをつける上でとても重要な物語のパースだったと思います。そのため『破』は、エヴァンゲリオンで語らなければならない構成要素を抜き出し再構成して19話「男の戦い」に繋げた、とてもまとまりのある作品だったと思います。

 

そして、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』です。物語はいきなり14年の年月が経っており、ネルフも、人類補完計画も、何もかもがまったく知らない、意味が分からない状態になっており、あらゆるものが「先に進んだ物語」になっていました。俺は、『Q』のこの展開は事前に決まっていたものだと推測しています。その理由ですが、『新世紀エヴァンゲリオン』のリメイクは『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』でほぼ完了しているからです。

 

ヱヴァンゲリヲン新劇場版』は、庵野監督にとって、自分としては世紀の大失敗作と思っている作品が自分の代表作となってしまったことを上書きするための挑戦だと考えています。ネットで話題になったループ説とかはまったく関係なく、『新世紀エヴァンゲリオン』というネタを使って、「今の自分ならこういう物語に仕上げられる!」ということを見せつけ、過去の汚名を返上するための男の戦いなんだと思うんですね。

 

1990年代の『新世紀エヴァンゲリオン』はすごい作品でした。庵野監督の精神状態と世間の期待に応えるカタチで『Airまごころを、君に』が旧劇場版として作られましたが、実際のところ、あれは作品を終わらせるための物語であり、アニメ作家として監督が描きたいことは描ききれていない世紀の大失敗作だったと思います。でも、そんな作品が自分の代表作として語られる。これは創作に身を置いた人間としては、これ以上ない不名誉なことではないでしょうか。しかも、そんな『新世紀エヴァンゲリオン』を超える作品が生まれていないという事実。『新世紀エヴァンゲリオン』を超える作品を作らなければ、『新世紀エヴァンゲリオン』という呪縛から逃れることはできない。そんな思いがあったのではないかと、庵野監督のメッセージから俺は感じました。

 

で、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』の話ですが。

 

2006年の『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』スタートに伴う庵野監督の所信表明で、「改めて気分を一新した現代版のエヴァンゲリオン世界を構築する」という一節がありました。『Q』を読み解く上で、ここが重要ではないかと俺は思っています。『新世紀エヴァンゲリオン』は1990年代に21世紀を描いた作品でした。『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』は21世紀に産声をあげた作品です。かつて12年といわれていた経過した時間は、いまでは25年になりました。時間の流れは時代の流れです。かつて学生だった視聴者は、いまでは立派な社会人になり、家庭を持っている人も多いでしょう。そして、人々の持つ価値観も変わってきた21世紀。過去作をなぞったリメイクではなく、まったく新しいヱヴァンゲリヲンを描くフェーズが『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』だったのだと思います。

 

ご存じの通り、『新世紀エヴァンゲリオン』はゲームやマンガやアニメにおいて、原作とは異なるIFの可能性が何度も描かれてきました。それらと同列ではなく、まったく新しい誰も見たことがないヱヴァンゲリヲンを描くこと。その手段が、「時間を先に進める」だったと俺は解釈しています。

 

新世紀エヴァンゲリオン』でもあったLCLに取り込まれたシンジ君のサルベージを、目が覚めたら時代も世界もすべてが変わっていたという驚愕展開のトリガーにしたことはなかなかアイデアだったと思います。説明がない、何が起きているか分からない、というのは、碇シンジと観客を共感させて、まったく新しいヱヴァンゲリヲンの世界に導くという点では成功しているといえるでしょう。ただし、作りが粗かった。これは、庵野監督自身が後に発表している通り、鬱状態での制作だったということもあり、作品として考えきれていないまま世に出してしまったのが、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』ではないでしょうか。

 

ヱヴァンゲリヲン新劇場版』のそれぞれの作品にはテーマがあるように感じられます。

 

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』は、エヴァ新生。
ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』は、エヴァ再構。
ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』は、エヴァ前進。

 

これまでの流れで考えていくならば、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』のテーマは「エヴァ完結」。

 

かつて出来なかったことを今度こそ完遂するために、庵野監督は『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』から8年という時間をかけ、鬱状態からの脱出と作品完結のために、まるで自分の創作魂の原点を探るかのように、『シン・ゴジラ』や『シン・ウルトラマン』の制作に関わったり、特撮博物館に開館に関わったりしたのではないでしょうか。

 

何が言いたいかというと、

 

『シン・エヴァンゲリオン劇場版』は、庵野監督の自身の過去の乗り越えるための人生最大の挑戦であり、あの人はこれまでの作品の傾向から見ても精神状態が万全であれば狙って成果を出せるタイプの人なので、間違いなく過去最高の作品を世の中に送り出してくるという確信が俺にはあるということです。ストーリーがどうのではなく、理屈をすっ飛ばして心にガツンとくる作品になるだろうと。

 

新型コロナ・ウィルスの感染拡大予防のために、公開がまた延期になってしまいましたが、楽しみに待っていたいと思います。

 



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