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成人式のあと、女子と一緒に帰った男子グループは人生の勝ち組だと思ったが、そうでもなかった話。

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今週のお題「大人になったなと感じるとき」 

成人式のあと、晴れ着姿の女子たちと一緒に車に乗ってどこかに出かけていくのは、中学校時代でもスクールカースト最上位にいるモテ男とモテ子たちであり、すごくキラキラしていたんですよね。今回はちょっと心にグサリとくる甘酸っぱい青春の思い出を語りたいと思います。

 


 

 

 

スタンド・バイ・ミー』という映画を観たことがありますか?

 

いや、『ドラえもん』のほうではなく。スティーブン・キング原作の短編小説『THE BODY』を映画化したものです。『スタンド・バイ・ミー』の映画の感想というと、ああいう「少年時代の友情ってかけがえのないものだよね!」という感じのものが多かったりするのですが、それはちょっと違うと俺は思っていて。そもそも『スタンド・バイ・ミー』という映画がどういう映画なのか誤解されているところがあると思うんですよ。あの映画は、少なくとも原作は、「その後の人生が大きく変わった瞬間」を描いた作品なんだと俺は思います。

 

スタンド・バイ・ミー』は少年たちのひと夏の冒険を描いた作品で、線路伝いに死体を探しに行く話です。4人の少年たち、ゴーディ、クリス、テディ、バーンは、それぞれが自身や家庭に問題を抱えていて、必ずしも100%ハッピーなわけじゃない。二泊三日の親に黙って出てきた冒険の中で、少年たちは少年たちらしい日々を送り、そして家に帰っていきます。ところが、冒険に出るまでは4人とも同じような少年でした。しかし、冒険が終わった後に、ゴーディとクリス、テディとバーンは別の道を歩きはじめるのです。それは、進学か就職かという別離であり、映画ではサラッと最後に「その後のこと」がナレーションで語られるだけ。しかし、ここが大きなポイントなのです。

 

4人の少年はみな同じだったのに、冒険の過程で得たことによって意識が変わり、それが別離に繋がり、その後の人生の大きな差になっていきます。ゴーディは親から進学しろと言われていますが、友だちのいない進学コースには乗り気ではなく、親の言うことを聞いて、大好きな小説を書くこともやめようとしていました。クリスは、家族に問題があるという周囲からの偏見に苦しんでおり、どうせ自分なんてと人生を諦めている節がありました。しかし、死体を見て考えが変わるのです。死体と自分は違う。生きている自分には意志がある。意志を出さなければ、生きている意味はない。死体と同じだ、と。

 

自分の大切なものを守るために戦うという意志を持ったゴーディとクリスは、その後、進学してそれぞれが自分の夢を叶えることになり、テディとバーンは誰かが敷いたレールに乗ってそれなりの人生を送る。どちらが正しいという話ではなく、ちょっとしたキッカケとちょっといつもと違う行動が、その後の人生を大きく変えていくことってあるもので、大人になればなるほど、その恐ろしさに震えます。

 

俺の成人式でも、『スタンド・バイ・ミー』みたいな、「その後の人生が大きく変わった瞬間」がありました。

 

成人式での勝ち組は、式が終わった後、晴れ着姿の女の子たちといっしょに遊びに行ける人たちではないでしょうか。少なくとも、非モテ男子だった俺にはそう思っていました。イケメンとイメジョたちが、キラキラのフォースフィールドをまといながら、「この後どこ行く?」みたいな感じで会場を後にする。自分のクルマに女子たちを乗せていく。「成人式後に〇〇しちゃいました!」的なエロビデオみたいにエロいことでもするのかなーと思ってみていました。

 

そういう勝ち組メンバーって、中学生の時のスクールカースト上位と同じメンバーなんですよね。あれから5年も経っているのに、何も変わっていない。スクールカースト底辺だった自分も、何も変わっていない。そういうある種の残酷な真実を、まざまざと見せつけられた気がしたのが、俺の成人式の思い出です。

 

このまま何もしなかったら、俺の一生はずっと変わらないのでは?ずっとキラキラしている誰かを見て「うらやましい」と思っている側から抜け出せないのでは?そんな思いが噴き出してきて、俺はまわりにいた同級生たちに言いました。

 

「女子をご飯に誘おうぜ!」と。

 

オックンとサトウとヨッシーカーネギーは「そうだな!」と同意してくれました。タカシとミヨシとキクチとマルチャンは「そういうのいいよ。俺らだけで行こう」と反対しました。目的が分かれてしまったので、タカシとミヨシとキクチとマルチャンとは別れて、俺はオックンとサトウとヨッシーカーネギーたちと女子を誘いに行きました。

 

結論から申し上げますと、結構カンタンに女子たちはつかまえることができました。女の子もこのまま家に帰るのはもったいないと思っていたのでしょう。俺たちは成人式の後、いっしょにファミレスでご飯を食べて、夜にもう一回会うことを約束して、居酒屋で飲み会、二次会はカラオケと、非モテたちとしてありえないほど楽しい成人式を送ることができたのでした。

 

1つの成功体験が、何かのキッカケになるということは、人生においてよくあることです。「できる」ということが分かると、行動の選択肢が増えるからです。無理やり関係づけることではありませんが、成人式で俺と一緒に女の子を誘ったオックンとサトウとヨッシーカーネギーは、20年後、みんな結婚していました。何かを変えれば、何かが変わる。ひょっとしたら成人式で行動を起こしたことが、非モテたちの人生に何か影響を与えたのかもしれません。

 

では、成人式の時、キラキラのフォースフィールドをまとっていたスクールカースト上位の人たちはその後どうなったのか。

 

地元でいまだにつるんでいるようです。女子の1人が地元の小さなスナックのママをしていて、他のメンバーはそこの常連客になっていると、地元に残っている友人から聞きました。幸せの定義は人それぞれですが、話によると、かつてキラキラしていた人たちの今はキラキラし続けているわけではないようです。

 

何が言いたいかというと。俺は自分が人生の勝ち組だと思ったことは一度もありませんが、むしろ、負け組のほうにいた期間のほうが長くてイヤになるのですが。人生とは長いマラソンみたいなものであり、一時期、底辺にいたとしても、それは約束された決定事項などではなく、いつでも浮上することができるということ。今、不遇な環境にいる方でも何か行動を起こすことで未来は変えられると思うわけです。

 

俺は地元に帰ったつい最近、かつてスクールカースト上位だったサッカー部の人と女子テニス部の男女が、夜の11時、駅の多目的トイレから2人いっしょに出てくるところを見てしまいました。2人ともこんな時間の駅のホームに人がいることに驚いていました。2人で多目的トイレの中で一体何をしていたのでしょうか。

 

ちなみにですが、

俺たちの成人式に参加してくれたお笑い芸人はアンジャッシュさんです。