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「こだわる」をカン違いしている人と仕事をして疲弊しまくっている話。

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最初の契約時にきちんと作業領域と期日を書いておくべきだった…という話なのですが、そのお客さんは営業さんの知り合いということで俺は完全に油断していて、今、俺がえらい苦労をしているんだけど、そろそろ限界かもしれないという内容になります。

 


 

「徹底的にこだわりたい」。

俺が今一番聞きたくない言葉がこれです。なぜかというと、今仕事をしている顧客からもっとも聞かされている言葉であり、この言葉が出てきた後に生産性のない仕事が「ばよえ~ん」の後にくるおじゃまぷよのように降ってくるから。やはり契約書には作業領域と期日を書いておくべきなのだなあ。みつを。

 

俺が最近レトロゲームブログを更新できないのも、ED気味なのも、ストレスのため太ったのも、すべてこの仕事が原因といっても過言ではありません。なので、今回の記事はどこにも吐き出せない俺の仕事の愚痴です。すみません。どこかに吐き出さないと壊れてしまいそうなので、ここに吐き出させていただきます。そして、内容は少しフェイクを入れています。

 

で、本題。

 

俺の本業ですが、依頼のあったクリエイティブ商品のディレクションとかライティングをやっているんですね。今回の仕事は、知り合いの社長さん経由で受注いただいたもの。依頼内容は「自分の考えをまとめた本を作りたい」というもの。商品プランの中に「本を作る」というものもあり、受注段階ではその企画で本を作ることになっていたのです。

 

そして迎えた初回打ち合わせ。季節は2019年秋。お客さんは40代男性で、とてもさわやかな感じの人。仮に名前を「さわやかさん」としておきますね。話しかたは『鬼滅の刃』の炎柱・煉獄杏寿郎さんに悪い意味でよく似ています。さわやかさんは言いました。「男性も女性も6歳から80歳の人までに読んでもらえる本にしたい!」。今にして思えば、この時点で「この人、おかしい!」と疑うべきでした。

 

本というものは、読者をある程度決めて作るもので、ここまで年齢幅が広いターゲット設定はないわけではないけど、ちょっとあり得ないわけです。まあ、でも、偏見で人を判断するのはどうかと思いますし、こちらが想像する以上に深い考察があってのことかもしれません。まずは思いを受け止めようと、話を聞きました。

 

結論から言うと、深い考察はなく、何も知らないだけだったんですね。とはいえ、生きにくい世の中と思っている人たちに向けて、生きかたの考えかたを変えるだけ、物事の捉え方を変えるだけで生きやすくなることを教える本として、一定数の需要がある内容でした。なので、生きることに苦しんでいる人たちは世の中に大勢いると思いますので、その人たちに届ける本にしましょうと話をまとめ、さわやかさんも「うむ!それで!」と大きく頷きます。そして言葉をつづけました。

 

「僕が書くよ!」

 

さわやかさん曰く、実は以前から本を出そうと思っていて、出版社に持ち込み企画を出していたそう。しかし、本の内容やタイトルについて出版社ともめてしまい、出版社とはケンカ別れになってしまったそうで、自分で書いたものをこちら側は校正チェックするカタチになりました。誌面をつくる仕事もありますが、比較的パワーのかからないおいしい仕事になるはずでした。この時は。

 

「書きたいことは決まっているし、いつもいろいろなところで書いているから、スラスラかけると思う!」

 

その言葉を信じて、俺は定期的に連絡を入れつつ待っていました。ところが、一向に原稿が来ません。なんだかんだと1ヵ月、2ヵ月と時は流れ、気がつくと半年ほど時間が経ったあるとき、ようやくさわやかさんから連絡が来ました。

 

「アイデアが降りてこない…!」

 

書こうと思ったもののひらめきが一切降りてこないため、まったく書けていないと言います。マジかよ。とはいえ、相手もお忙しい立場の方。初めて書く本ですから、そういうこともあるでしょう。そこで打ち合わせの機会を作りました。俺はさわやかさんの書きたいことのお話を聞きつつ、内容をまとめて、「こういうことじゃないですか?」と分かりやすくして、創作意欲を湧かせました。これも編集の仕事です。さわやかさんは、「伝えたいことがすごく整理された!これなら書ける!降りてきた!」と言い、たいへん喜んでくださいました。これで定期的に原稿が来るだろうと、甘く考えていました。

 

2週間後。

 

待望の原稿第一弾が会社に届きました。A4サイズの厚めの茶封筒で来るかと思っていたのですが、届いたのは中学2年生の女子が恋文を書く時に使うようなちんまりした封筒。開けて見ると、四つ折りに畳まれたA5サイズのレポート用紙が4枚入っていました。中身は、グラレコみたいに絵と矢印と少ない言葉だけが書かれており、4枚目の最後に「第一章 完」とあります。

 

「ファ!?」

 

本当にそんな声が出てしまうほど、意味不明な怪文書が送り付けられてきたのです。すぐに、さわやかさんに連絡を入れてみました。返ってきた返事は、「あれをベースに書いてくれ!」。はぁ!? お前、自分で書くって言ってたじゃねえかよ!をオブラートに包んでお伝えしたところ、「書いたものは送ったじゃないか!」とのこと。「書く」ってそういうことかよ。

 

読者のみなさんは「書く」について先方とこちらできちんと認識の統一ができていなかったことが問題ではないかと思われるかもしれません。ところが、それはしているのです。一章あたり、原稿用紙●~●枚書いてくださいとお伝えし、「Wordでその分の文字数を書けばいいんだよね!」という返事ももらっているのです。やってみたら書けなかったのでしょう。たぶん。俺は舌打ちしたくなるのをぐっと押さえて書きました。2週間前の話し合いの内容を覚えていたので。ゴーストライティングってやつですね。そして、提出しました。

 

数日後、返信が来ました。

 

俺が提出した原稿に、びっしりと赤字の修正が入っているんですね。その内容が細かいものばかり。乱暴に言うと、「そこじゃねえ!」という箇所にばかり修正が入っていました。読みやすいように文末を「ます。」だけにならないようにしていたのですが、「ます。」に統一されて役所の書類みたいにされていたり。日本語として間違っている「ですので、」を多用されていたり。俺から言わせれば、あえて読みにくくしている修正を書き込んでくるわけです。俺もプロなのでお客様のご意向は受け止めます。受け止めた上で「こうしたほうがいいんじゃありませんか?」と提案します。いただいた修正すべてに対してです。中にはこちらの提案を受け入れてくれたものもありますが、「いや、それは私の言葉じゃない」とか、「エビデンスはあるのか」とか、いろいろ言われて不本意ながら大半の読みにくい文章を受け入れざるを得ませんでした。

 

俺としては時間がもったいないので、「私が修正対応している間に、第二章の執筆をお願いします」と依頼しました。答えはNo。「第二章は第一章と連動しているから、その完成形を見てからじゃないと、降りてこない…!」。降りてきてもレポート用紙4枚だろ…と心の中でちょこっと思いましたが、俺は無心になって修正対応を努めました。出来上がった読みづらい原稿をさわやかさんは「ビューリフォー!」と絶賛。とても褒めてくれたのですが、俺としては屈辱でしかありませんでした。

 

2週間後。

 

第二章が届きました。今度はレポート用紙3枚。前回よりも減っています。しかも1枚あたりに書かれている文字量も減っており、解読はますます困難に。省略しますが、同じようなプロセスを経て、第二章もなんとかカタチにします。そして、第三章が届きました。今度はレポート用紙1枚。しかも今度は絵しか描かれておらず、ついにさわやかさんは1文字も書かなくなってしまいました。それでも、以前の打ち合わせの内容から意図を汲み取ってなんとか文字におこしましたよ。プロとしての意地ですね。でも、その原稿のフィードバックは、

 

「精度が落ちている。」

 

それはこっちのセリフじゃボケ!!と言いたくなるのをぐっとガマンして、俺は粛々と仕事を進めました。なぜ、進められたのか。それはこの本が全五章構成であり、すでに折り返しをすぎていたから。さっさと終わらせちまおう。そう思って屈辱に耐え、毎回送られてくるレポート用紙1枚に書かれた変な絵と文字と記号を解読し、俺は文字にしていったのでした。五章が終わった時は嬉しかったですね。あの言葉を聞くまでは。

 

「残り15章も頑張ろう!」

 

聞いてねえよ。いつ1そんな大作になったんだよ。そしてペラ1枚出来上がるのに2週間かかって、そのあとライティングして、自分では書けないくせにフィードバック(の数)だけは一人前にやってくる修正を経て、全部終わるのはいつになるんだよ。さすがに我慢の限界が来たので言いました。締切を作ります。そして締切を守ってください、と。すると、さわやかさんは怒りだしました。

 

「締切なんてね、この世にあってはいけないんだよ!!」

 

さわやかさんは言います。「この本は生きづらい日々を送っている人たちに向けて伝えたいもの。それを締め付けの象徴である締切に支配された心境で書いて、心を解放させるものが書けるわけがない。締切なんてないほうがいいものが出来上がるんだよ」と。1行も文章を書いていない人間がそんなことをおっしゃることに俺は大層驚きました。カチン!ときたので言いましたよ。いや、締切は絶対です。すると、さわやかさんは怒りに顔を震わせて、机をバン!と叩いて怒鳴りました。

 

「締切なんて、クソだーーー!!!」

 

駄々っ子か。いい歳をした大人のセリフとは思えません。俺は、会社を1つ経営している人はそれなりの人だと思っていた時期もありましたが、会社の経営なんて、会社を作るという行動力さえあれば、バカでもアホでも社長になれるのですね。そして、どうしようもない人間が経営者であることも、この世の中では珍しくないのです(もちろん、頭が切れて、人格も素晴らしい人もいます)。すみません。ただの悪口です。

 

こっちもガチ切れしてこの仕事をご破算にするという選択肢もあったのですが、こちらも小さい会社なので仕事を選べないこと。知り合いの経営者さんと個人的なつながりのある人だったということもあり、「なんとか穏便に終わらせる」という判断を俺はしました。清濁の濁を飲む選択をしてしたんですね。それはさらなる地獄への入口だったのですが。

 

てなわけで、

 

さわやかさんのペラ1枚を2週間かけて待つという点が無駄だと判断した俺は、直接さわやかさんと毎週打ち合わせの時間を設けて、毎回1~2章ずつ話を聞いて、ライティングして提出するというフローに変えます。結論からいうと、これによって進捗は劇的に改善しました。どうせ、ヘンな修正しか入れてこないので、相手に修正を与える時間を与えず、アウトプットさせることに一生懸命にさせたのです。これによって、3ヵ月で全章すべてを作り終えることができました。

 

そんなこんなでテキスト部分がすべて完成。いよいよ製本作業が近づいてきました。製本が近づくということは、この仕事がようやく終わるということです。さわやかさんも「ここまで僕の思いがカタチになってきて嬉しい。本当にジョーンズくんのおかげだ。ありがとう。僕も頑張った甲斐があるよ!」と言ってくださいました。頑張った甲斐…というところに少し引っかかりましたが、こういう細かいところを気にしていたら仕事は進みません。俺は流しました。すると、さわやかさんは「推敲をする」と言います。その言葉は流せませんでした。嫌な予感がします。いろいろ言って辞めさせようとしましたが、ガンとして「僕は推敲する!」を譲りません。とはいえ、この期に及んで大規模な修正はないだろうと思い、お任せしました。

 

結果、大規模な修正が起きました。

 

俺はここまでさわやかさんとの付き合いもかなり長くなっており、さわやかさんという人間を分かってきたつもりでいましたが、さわやかさんは俺の想像を軽く斜め上に超えてきたんですね。本の全編が、より読みにくくなるように改悪された大量の赤入れが来たのです。どういう修正かというと、

▼Aの説明
▼Aの例
▼Aの根拠
▼Aの結論

という構成を各章でまとめていたのですが、

▼Aの説明
▼関連するBの説明
▼AともBとも関連しないCの話題
▼Dの話

という感じになっていたんですね。全章すべてがです。しかも、さわやかさんは基本的に文章を書けません。そんな人が完成寸前の原稿にこんな修正を入れてくるわけですから、元の原稿を知っている俺なら「話題が変わっている!」と気がつくのですが、他の人が読んだら「何を言いたいのか分からない!」という本に、あの野郎、手間暇かけて変えてきたのです。この大混乱をつくる仕事だけは速かったのでした。

 

さわやかさんは、かなりの読書家で、これまでいろいろな本を読んでいるのですが、自分の本がどういう状態になっているのか、まったく分かっていないことに俺は恐怖を覚えました。ここまで来ると俺の感覚がおかしいのでは?と心配になり、会社の女の子にデータを渡して読んでもらったところ、「意味不明すぎて怖い。怪文書みたい。読み終わった後、吐いた」と言っていたので、俺の感覚が正常であると分かってひと安心したのはここだけの話です。

 

この時期になってくると、社内的にもこの仕事について問題視されるようになり、結論、「終わらせる努力をしろ」というお達しをいただいていました。濁を飲むしかない。ヘンな本になっているのは重々承知しているのですが、本人が聞く耳持たないので仕方がありません。お客様が望むカタチにするしかない。それがみんな幸せになるカタチ。そう自分に言い聞かせて仕事を進めました。いろいろありましたが、ようやく製本作業に移るという段階に。そんなとき、さわやかさんから連絡が入りました。

 

「恥をかいたぞ!!」

 

話を聞くと、さわやかさんはとある経営者の会合で知り合った編集者の人に、この原稿を見てもらったそうです。そして、「ひどい内容ですね」と言われたそう。その編集者さんもまさか目の前にいる本人の強い希望でこのカタチになっているとは思っていないと思うので「担当編集とライターがプロとは思えない」「これでお金を取るなんて信じられない」とおっしゃったそう。さわやかさんのの耳には、前半部分のこの本がこういうカタチになったのは自分の希望というところがすっかり抜けていて、後半部分の「担当編集とライターがプロとは思えない」「これでお金を取るなんて信じられない」だけが印象に残り、「こっちが素人だと思って、半端な仕事しやがって!あやうく騙されるところだった!プロとして恥ずかしくない仕事をしろ!」と言ってきたのです。

 

これ、少年マンガの世界だったら、プチン!と切れて覚醒するパターンです。でも、俺は40代のおっさんだし、プチン!となったら脳梗塞で倒れるのがリアルだと思うので、素数を数えて心を落ち着かせて、なんとか踏みとどまりました。正直、ブチ切れていい話だと思うのですが、ポジティブに考えて、これは外に出しても恥ずかしくない本にするチャンスと考え、俺は全編の変なところをすべて直して提出したんですね。結果として全体の1/3くらいをカットしました。我ながらいい仕事をしたと思います。その修正版を提出したところ、

 

「これでは本を出す意味がない。僕の言いたいことが伝わらない!」

 

というご意見をいただきました。想定読者の話をして、その読者の理解度を踏まえて本で伝えるべき取捨選択をしたという話をしたところ、

 

「読者よりも、まず僕の気持ちが大事だからね!」

 

つまり、自分が言いたいことを言うことが第一。情報のカットなんてとんでもない。情報量はそのままで、外に出しても恥ずかしくない本にしてほしい、とおっしゃるわけです。難しいかもしれないけど、きっとできるはずだ。いや、しなければならない。これは僕の処女作になるわけだからね。そして、冒頭の言葉が出てくるのです。

 

「徹底的にこだわりたい」。

 

これ、相応のお金をいただいている仕事なら、黙って顧客満足を目指せよという話なのですが、もともと想定していたプランだと、打ち合わせ×2回、修正打ち合わせ×2回で作ることを考えての仕事なので、すでに大赤字なんですね。それでもゴールが見えない。そりゃ、レトロゲームブログを更新できないし、チン●ンも勃たなくなるし、ストレスで太りますわ。

 

 知り合いからの仕事とはいえ、きちんとルールとゴールを決めることは本当に大切ですね。高すぎる授業料を払っております。とはいえ、さわやかさんはスタート間もない弊社に少なくはないお金を支払っていただいたお客様です(今は大赤字だけど)。その感謝は忘れてはいけないし、期待にはきちんとお応えすべきだと思っています。その思いでこの仕事は完遂したいと思う今日この頃です。この世界のどこかに、こういう仕事に巻き込まれている男がいるということ、また同様の仕事をするハメになっているすべての戦士たちに幸あれと思います。

 

最後まで俺の長い愚痴にお付き合いくださいまして、まことにありがとうございました。頑張って生きていこう。