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「池袋暴走事故」は、「池袋・飯塚幸三(87)死傷者11名暴走事故」として語り継いでいくべきではないか。

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家庭を持つ身として、最愛の娘と奥さまを亡くされた松永さんの気持ちは痛いほど分かります。

 

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被害者の松永さんのお気持ちを考えると、もし自分の家族が被害者だったらと考えると、本当にいたたまれません。ただ、この事故についての世論が、加害者である飯塚幸三についてのバッシングに向いているところに、俺は強い違和感を感じています。

 

上級国民扱いとか、フレンチに遅れそうだとか、そんなことは、ぶっちゃけ、どうでもいいんですよ。加害者の肩を持つわけではありませんが、反論できない悪いことをした相手に対して、ボコボコにできる、または情報によるリンチのネタを提供しているメディアって、どうなんですかね。そこに正義を感じられません。

 

本当に向き合わなければいけないことは、「このような悲劇を二度と起こさない」ということではないでしょうか。

 

この事件を風化させてはいけないと思います。だからこそ、「池袋暴走事故」といった名称ではなく、「池袋・飯塚幸三(87)死傷者11名暴走事故」として、俺たちを語り継いでいかなければならないと思っています。

 

加害者の肩を持つわけではありませんが、交通事故というものは、得てして加害者だって起こしたいと思って起こしているわけじゃありません。でも、起こしてしまったことに対して、きちんと向き合って責任を果たさなければならないものだと思います。加害者の飯塚幸三は、旧通産省工業技術院の元院長、日本計量振興教会の元会長、株式会社クボタの元副社長、日本工学アカデミーの顧問、日本規格協会の監事など素晴らしいキャリアをお持ちの方です。

 

でも、最終キャリアは「人殺し」です。

 

いや、「人殺し」になってしまった。それが、高齢者運転の恐ろしいところです。この事故の本質は、ここだと思っています。

 

俺は、メディアというものは全体の情報の視聴者が一番反応しそうな一部分しか切り取って報道しないことを知っています。だから、今報道されているような「飯塚幸三=悪の上級国民」というのはメディアが作り出した幻想であり、おそらく犯人はもう少しまともなことを言っているんだけどメディアによって印象操作されているというのが本当だと思っているんですね。

 

もちろん、飯塚幸三が「運転していた車で11名の死傷者を出した」という事実は変わりません。変わりませんが、この事故は飯塚幸三が厳罰に処されて終わり、ではいけないのです。本当に残念なことですが、飯塚幸三を叩いても、飯塚幸三が死刑になっても、亡くなられた方たちは戻ってきません。死者を出した加害者に何を求めるか。それは死者の魂の価値を決めてしまう行為ではないでしょうか。亡くなった命が、あんなジジイの命と釣り合ってはいけません。もっと大きな価値があったはずです。同じような悲劇がくり返されないためにも、忘れられないように語り継いで行かなければならないと思います。

 

飯塚幸三が自分の犯した罪ときちんと向き合う人格をお持ちの方ならば、「池袋・飯塚幸三(87)死傷者11名暴走事故」という名称を受け入れてくれると思います。でも、もし、飯塚幸三がメディアが報じるような悪の上級国民ならば、「池袋・飯塚幸三(87)死傷者11名暴走事故」という名称は、たぶん一番嫌がると思うので、それはそれでいいんじゃないかと思います。

 

 

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