ほぼ日刊レトロゲームレイダース

おすすめエンタメ情報&笑い話を発信





人生とは自分のステータス画面を見ることができないRPGって話。

f:id:retrogameraiders:20190615032844g:plain

生理的なダメな人間は視界に入れないほうが、人は幸せになれる。

 

?

 

 

以前働いていた職場に、こういう人がいました。

 

俺と、Aという人と、Bという人の3人でミーティングをしていて。時間が来たのでBの人が「それでは」と席を立ち、部屋から出ていくと言うのです。「あの人、●●●●●だよな」と。「●●●●●」の部分には、必ず相手を貶める言葉が入ります。

 

「あの人、なんかしゃべり方がヘンだよな」
「あの人、結婚できない理由がよく分かった」
「あの人、カタカナ語を無理して使っている」などなど

 

俺は、これが本当にイヤでした。

 

何がイヤだって、要はマウンティングしているわけです。相手の欠点を見つけて、自分が優位なところで上にのぼろうとしているわけで。しかも、それを笑い話のように使って、こちらを巻き込もうとする。このすべてが生理的にムリでした。そこにいたのは、一生懸命に自分のプライドを保とうとしているオッサンしかいなくて、俺はそういうオッサンにはなりたくないと心から思ったのでした。

 

いわゆる反面教師です。しかし、反面教師というものには「学び」はあっても「好影響」はありません。人間の脳に伝える情報量は「見る」視覚情報が82パーセント。アタマで「あれはお手本にしちゃいけない」と思っていても、目から入ってくる情報の影響力は強く、脳に刻まれてしまうもの。ある出来事によって俺はそれを自覚しました。

 

あるとき、奥さんとトライブかなにかの最中に話していた時のことです。

 

話のオチをつけようとして、「でも、あの人、●●●●●だよね」と使ってしまいました。話した後に、「あれっ、俺は今すごくイヤな奴になっている」と反省したのですが、そのフレーズと思考プロセスが自然にできてしまったことも自分としてはショックで。そう、自然にできてしまったのです。それは、俺の中でいつの間にか、ずっと目の当たりにしてきたものに影響を受けていて、いつの間にか自分のものになっていたんですね。おっそろしい。

 

街中で変なことをしている人に、子どもが興味を持った後、お母さんが「見ちゃいけません!」と目を隠す意味がようやく分かりました。

 

反面教師とは、本当にどうしようもない人間と向き合わなければならなくなった人間が、そこに少しでも意味を見出そうとしてひねり出した解釈にすぎなくて。本当にどうしようもない人間なんて、閲覧&観察しても、メリットなんて1つもありません。自分がその人の生き方や考え方に汚染していくだけです。そのマイナス影響は、人生にとって結構インパクトがあると俺は思っています。

 

もし、今の職場に尊敬できる先輩や上司がいないとしたら。あなたがそこにいる理由はあるのでしょうか。尊敬できない先輩や上司と同じ時間を過ごしているだけで、あなたは少しずつ、尊敬できない先輩や上司の同じ属性になっているわけです。

 

人生とは自分のステータス画面を見ることができないRPG。自分の身を守るために、考えないといけないこと、行動しなければならないことも、あります。

 



?