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ミノタウロスの皿の話。

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「自分が本当にほしいものって何か?」。これに気がつくのが早いか遅いかが、幸福というものなのかもしれません。

 

 

 

 

レトロゲーム大好き!」と謳っているような名前の当ブログですが、「ゲームは趣味として、ほどほどに楽しもう!」というプレイスタイルを推奨しています。「~べき論」として他人に強要するつもりはありませんけどね。

 

「ゲームは1日1時間」。

 

かつて高橋名人はおっしゃいました。大人になって感じるのは、やっぱりゲームって、本当にそれくらいの時間で関わるのが、「ちょうどいいのかなー」ということだったりします。ゲームの長時間プレイを否定するつもりはありませんが(俺もたまにはやるし)、依存しすぎるのも良くないと思っていて。やっぱり何事もバランスが大事なのではないでしょうか。そんな思いを強くした出来事があったんですね。

 

少し前のことです。

 

ある知り合いのレトロゲーマーから「たまには飲まないか?」と誘われたんですね。彼の名はミノさん。ミノさんは俺よりもいくつか年上で、学生時代から稼いだお金のほとんどをゲームの収集に費やしている人でした。彼は当時東京郊外にマイホームを持っていたんですね。

 

結婚はしていません。その家は両親から受け継いだもので、両親が他界した後、兄弟の中で彼が受け継ぐことになった、いわば遺産です。彼は今もそこに住んでいます。彼の家は、彼のコレクション倉庫と化してしまっているんですね。居住空間は、1階のリビングと寝室だけ。後の部屋には、ゲーム機やゲームソフトが所狭しと積まれています。非の光を入れると、ゲームソフトやパッケージが傷んでしまうので、家はすべて雨戸をしめ切っていています。20代後半からはゲーム基板にも手を出しはじめ、かつては家族の布団を締まっていた押入れは基板置き場(湿気対策はどうなっているのかな?)になっている…そんな家です。

 

その家で、ひさびさに飲もう!と、彼は言いました。

 

ミノさんは俺が所属しているレトロゲームクラスタの最年長であり、最長老みたいなであり、みんなからの人望の厚い人でした。そのため、彼の呼びかけに10数人が集まり、当日、レトロゲーム仲間たちは、各々、お酒やおつまみを持って、ミノさんの家に集まったのです。飲み会は、みんなが大好きなゲームの話題で盛り上がり、やっぱり趣味の分かるいい友人たちとの飲み会は楽しいと、みんな思っていたと思います。

 

開始から3時間くらいが経った頃。ミノさんがトイレから帰ってくると、おもむろに言いました。

 

「ゲームはもうやめようと思っているんだ」。

 

ざわっざわっ…。「えっ、何言ってんの?」と騒然となる面々。「こんなにコレクションがあって最高じゃん!」「ミノさん、お金にも困っていないでしょ?」「辞める理由がよく分からないんだけど!」。仲間たちが心配して声をかけると、ミノさんは急にこう叫びました。

 

「このコレクションの山が、俺に孤独を意識させるんだよ!」、と。

 

ミノさんは語りはじめました。30代の頃は別に何も感じなかった。会社帰りに秋葉原に寄って、ゲームショップをまわって、掘り出し物があったら購入する。ツイッターに戦利品をアップすればそれなりに反応があって嬉しかった。ニコニコにゲーム実況あげて、そこそこ反応があって楽しかった。独身貴族を満喫していて、趣味に生きる生活になんの疑問も抱かなかった。楽しかったからそれだけでよかった。

 

40代のある日。急に違和感を覚えるようになった。

 

あれだけ楽しかった、コレクションに囲まれた自宅での時間が、そんなに楽しくなくなってきたというか。急に醒めていったというか。なんだろう。この気持ちの変化は何なんだろう。ゲームが嫌いになったわけじゃない。でも、ゲームが前ほど楽しくなくなってきた。オンラインでみんなと繋がっている時はいい。オフラインになったとき、すごく寂しくなる。子どもの頃、夕焼けの公園で「まだ遊ぼうぜ」と言っても、みんなが自宅に帰っていって、1人ポツンと公園に取り残されたような。あの寒々しい感覚を、大好きなコレクションに囲まれた大好きだった空間で、毎日のように感じるようになったという。

 

そういえば、夕焼けの公園で1人ぼっちになったときは、逃げるようにして自宅に帰ったことを思い出した。そこは、こうこうと明かりがついていて、母がつくっている夕ご飯の香りがして、テレビ番組の音と兄弟たちの声が賑わっていて。テーブルには自分の席があって、いつでもその輪に入ることができて、そうすれば寂しい気持ちはいつの間にかどこかに消えていった。

 

今、同じテーブルが目の前にある。薄暗いダイニングルームに置かれたそのテーブルは、かつては家族の団らんが存在していたが、今はうっすらと埃がかぶり、大量のプレステ1とセガサターンのゲームが積み上げられている。どの席も自由に座ることはできるが、寂しい気持ちを打ち消してくれるあたたかいものは、今はもう、どこにも存在していない。

 

あらためて自分の年齢を考えてみた。父が今の自分と同じ年齢だったとき、自分は小学生だった。父は母と結婚し、マイホームを建て、子ども3人を学校に通わせていた。なぜ、自分はそうじゃないのか。ふと、コレクションの山が視界に入る。プレミア価格が付いている作品やコレクターなら喉から手が出るほど欲しい作品が、そこには何本もあります。ある人たちにとっては宝の山です。しかし、ミノさんには、自分が手に入れそこなってきた多くのものの”対価”のように、思えてきました。

 

「これが、本当に、欲しかったものなのか…?」

 

ミノさんは「よく分からなくなってしまった」と語りました。泣いていました。男泣きです。

 

ある時から「欲しい」と思ったものを手に入れても、そんなに気持ちが満たされなくなった。買えば買うほど、飢餓感が増していく。コンプリートを目指して。より状態のいいソフトを求めて。とにかく「欲しい」という衝動に従って進んできたけれども、あれは本当に本心だったのか。買っても買っても満たされなかったのは、そんなに欲しくなかったからじゃないのか。自分は今を楽しく生きていると思い込むことで、レトロゲーム収集に熱中することで、本当は真剣に考えたり、行動を起こさなければならなかったことから、逃げていただけじゃないのか。

 

そして残ったのが、大量のコレクション。そのコレクションが、自分の孤独をより意識させる。だから、コレクションは手放そうと考えていると。

 

みんなは黙っています。

 

ミノさんは、再び口を開きました。

 

俺はレトロゲーム収集という趣味を否定しない。自分がやってきたことが間違っていたとは思いたくない。でも、何かに振り切った生き方は、他の生き方に戻れなくなるリスクも孕んでいる。正直にいうけど、俺は結婚がしたい。あたたかい家庭がほしい。前からそう思っていたのか、ここ数年で心変わりしたのかはよく分からないけど、ほしいものが変わってきた。もう歳だし、手に入れるのは難しいかもしれないけど、俺はもう、このコレクションにそんなに価値を感じていない。今日、みんなに集まってもらったのは、まだ若い君たちに言いたいことがあって。君たちよりも少し人生の先輩である俺から、忠告めいたことを1つだけ言わせてほしい。趣味に生きてもいい。ただし、本当に大切なものを見失わないでほしい。俺みたいに、なるな。

 

ミノさんの叫びは、最後のほうは涙声になってほとんど聞こえませんでした。でも、言いたいことはよく分かった。魂の叫びだったことは分かります。運よくというか、流れで家庭持ちになった俺は、ミノさんにかける言葉がありませんでした。ただ、ミノさんが感じている孤独はなんとなく分かって。涙が込み上げてくるのを抑えられなかったと記憶しています。

 

そんなミノさんに、レトロゲームコレクターの1人が声をかけました。

 

 

 

 

 

「『心霊呪術師 太郎丸』、俺にくれよ」

 

 

 

 

 

セガサターンのプレミアソフトです。もう1人が叫びます。「俺は、MSXのロムカセット、欲しい!」。さらに、もう1人が。「ネオジオ、もらってもいい!?」。我も我もと、ミノさんのコレクションの受け取りを申し出るレトロゲーマー仲間たち。そして飲み会は、ミノさんからどんなソフトをもらえるかという話題に移行し、その日一番の盛り上がりを見せるのでした。

 

その喧噪の中で見せたミノさんの顔が忘れられません。彼の人生を賭した告白の重さが、レトロゲームを愛する仲間たち(全員ではなかったが)に一切伝わっていない、通じていないという絶望。中のいい仲間だと思っていたのに、状況が変わると、一転してハイエナのようにたかってくるその姿に、ミノさんは何を感じたのでしょうか。

 

藤子・F・不二雄先生のSF短編に、『ミノタウロスの皿』という作品があります。

 

宇宙航海中、トラブルによって未知の惑星に不時着した地球人の青年。彼は美しい少女ミノアに助けられるのですが、なんとその惑星を支配しているのは、ウシ。人間はウシの家畜であり、人間の幸せはウシによって食べられることでした。ミノアは惑星で一番大きなお祭りで食べられることが決まっていて、青年は美しいミノアを助けるために、この残虐な風習をやめさせようと奔走するのですが。とにかく、話がかみ合わない。今の世界の理に納得している人間に、別の世界の理は通じないというか、理解されないというか。青年の努力は徒労に終わる…という話です。

 

目の前でくり広げられる、ミノさんのコレクションを酒の肴にして、ミノさん本人の気持ちを無視した遺産相続(?)の話し合いを見て、俺はこの『ミノタウロスの皿』の話を思い出していました。

 

結婚が幸せとは限りません。
レトロゲーム収集が不幸とも限りません。

 

ただ、このミノさんの一件を踏まえて、「趣味」と「実生活」はほど良いキョリを保ったほうがいい関係を築けるのかなーと、俺はあらためて思った…という話でした。レトロゲーマー、レトロゲームコレクターが、このお話に出てくるような人たちばかりではないことは名誉のために明記しておきます。が、俺の周りにいた人たちはこういう人たちだったのです。そして、当初ユニットだった「レトロゲームレイダース」がこの騒動で喧嘩・分裂になり、またいろいろあって、俺だけの「レトロゲームレイダー」になったりしたのですが、それはどうでもいい話ですね。

 

その後、ミノさんは家を手放され、現在音信不通です。どこかで幸せに暮らされていることを切に願います。