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「老後」なんかいらない。「今」を楽しんで早く死にてえ。

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「“老後”が来たら、好きなことやってのんびり暮らそう」なーんて漠然と考えていましたが、そんな未来には到達できそうもありません。やれ70歳まで働かされるわ、やれ年金受給額は減るやら、何に夢を見ろというのでしょう。クルマを運転すれば暴走して事故を起こし、長く生きれば認知症になって他人様に迷惑をかける。みなさんは、そうまでして長生きしたいですか?俺はそう思わなくなってきています。

 

 

 

「楽しみは老後にとっておく」はもう古い?

終身雇用なんてものが存在していた時代は、仕えた主君と会社に忠義を尽くしていれば、のんびりできる「老後」というパラダイスが待っていました。でもそれは、もう昔のこと。これから老人になっていく俺たちは、時代のアップデートによってそんなボーナスステージは消去され、レベル上限が解放され、ハイリスク&ローリターンのクエストが追加された感じ。一体、俺たちは、いつまで戦い続ければいいのでしょう。

 

 

加えて、俺の周りに人に迷惑をかける老人ばかりいるせいか、俺は「長生きする」ということに否定的です。そもそも長く生きることに、生にしがみつくことに、どれだけの価値があるのでしょう。

 

俺の母は、現在、介護付き有料老人ホームに入っています。ひと月数十万円するんですよ。食べ物はきちんと栄養管理されており、さまざまなお遊戯といったイベントもあって健康管理もバッチリです。では、人生を謳歌しているかというと、実はそうでもありません。

 

職員がなんでもやってくれるため、足腰が弱まってしまい、母は施設から200メートル先にあるコンビニにも自力で行けなくなってしまいました。職員がなんでもやってくれるため、1日の大半は自由時間です。そのヒマな時間が、孤独を感じさせます。周囲にいるのは、自分と似たような環境にある人たち。認知症を患ったり、車椅子が手放せない人たちしか視界にいない。「楽しいことは何1つない」と言います。ただし、栄養管理、健康管理はきちんとなされているので、「なかなか死ねそうにない」そう。この現実から逃れるために、母が宗教に逃げる気持ちも分かる気がします。

 

人生の楽しみは、年代ごとに少しずつ楽しむ時代

40代になって、自分の老いというものを実感するようになってきました。先週は腰をやりました。腹筋を鍛えようとしたら首を痛めたり。ランニングを少し頑張ったらヒザを痛めたり。そんなことばっかりです。

 

何が言いたいかというと、人間は歳を取るごとにいろいろなところが劣化していき、若いころのように楽しめなくなる生き物だってことです。

 

昔は、バカみたいに食べることができた焼肉も、いつの間にかそんなに食べられなくなってくる。徹夜してまでプレイしづけたゲームも、1時間プレイしたら疲れるようになってきたり。昔はひと晩に3回戦くらい余裕だったのに、今では2回戦も危うい。人間とはそういうレベルが上がるごとに、スキルレベルやクラスは上がっても、身体パラメーターが下がっていく生き物なのです。

 

想像してみてください。65歳のとき、今よりもあなたは劣化しているのです。歯の数は減っていて、目も悪くなっていて、足腰が悪くて遠出もできない。そんな状態になっている可能性も充分あるわけで。そんな歳になってから、「好きなことして生きていっていいよ」と言われても、「好きなことがもうできないんじゃ!」ってことになりませんかね。

 

俺は、そんな人生まっぴらです。

 

20代で楽しめることは楽しんできました。30代も後悔がないほどいろいろ楽しんできました。40代になって少しは落ち着こうと思いましたが、やめます。40代も、50代も、60代も、その年代で楽しめることは徹底的に楽しむ。そのためにお金を使っていく。キリギリスみたいな刹那的な生き方はリスキーすぎるけど、キリギリス7:アリ3くらいの生き方をして、人生を味わい尽くして、偏屈ジジイになる前に死ぬ。好きなもん食べて、好きなもん飲んで、他人に迷惑をかける老害になる前に死ぬ。

 

そうやって生きて、そうやって早く死にたい。

 

年金制度を否定するつもりはありません。でも、俺の人生は誰かのためにあるのではなく、俺のためにあるものだと思っているので、俺はその権利は最大限に活かして生きていきたいと思います。

 

その人にとってのリア充を追求する

 

幸せってのは、こういうことではないでしょうか。自分が「グッ」とくることに、意欲と行動とお金を投入して生きていきたいと思います。