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【わくわく転職ライフ】転職ゾンビの俺が教える、転職ゾンビにならない方法の話。

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仕事なんて他にもたくさんあるのに、前職の分野と給与を諦めきれず、いろんな会社を面接に行くためにさまよう――そんな40歳を超えたフレッシュ人材とは言いがたい鮮度の悪い転職者、「転職ゾンビ」とは俺のことだ。このエントリーは転生後の俺が同じ道を歩まないように書き残しておく「上手に生きるための大切なヒント」です。

 

 

 

転職ゾンビって何なのか?

俺が今の自分の置かれた状況に対して自虐と自戒をこめてつくった造語である。40歳以上で長く勤めていた会社を辞めて、新天地を求めるも、子どもの教育費、住宅ローンの関係から収入を減らすわけにもいかず、前職の分野や年収の夢を捨てきれずに転職活動を行ない、「いい経歴ですけどウチではちょっとねー」とか「大企業でずっとやってきた40代が一番いらないんですよー」とか言われ、プライドと企業のランクを少しずつ落としながら、面接のために日々都会をさまよう哀・転職者のことです。おおう、書いていて泣きそうになってきた。

 

魂が削られまくっており、ひがみとやっかみがひどいため、はてなブログによく出てくる「なんか違うと思って辞めた系」の20代の退職エントリーを見るとウガーッな感じになったりする生態が特長。だが、家では奥さんを刺激しないように、平静を努めて愛想よくしているが、ただうすら笑いをしているだけで、その不気味さが奥さんの神経を逆なでしていると昨日怒られました。

 

なぜ、転職ゾンビになってしまうのか?

すぐに転職先が決まらないからである。なぜ、決まらないのか。本人が固執する仕事と年収を、新しい会社が提供するに見合った価値を、転職者自身が提示できていないからだ。提示できていない理由は、

 

(1)提示の仕方がヘタ、もしくは提示しにくい実績しかない
(2)そもそも提示できるものがない

 

この2つが考えられます。
(1)の場合は、優秀な転職エージェントと出会えれば解決できそうです。ただし(2)の場合は、もうどうにもならないので、問題となる人生の選択肢のセーブポイントまで戻ってやり直すか転生するしかありません。俺の場合は(2)寄りの(1)であり、しかもパスワードもバッテリーバックアップも搭載していない人間のため、ここからなんとかしなければならないのでした。

では、なぜ、転職活動で有利に働かない実績しか作れなかったのでしょうか。俺は自分の仕事人生をふり返り、次のような結論に至りました。

 

「会社のためだけに働く社畜」は、転職ゾンビになりがち

昨今、社畜という言葉が拡大解釈され一人歩きしている感はありますので、ちょっと補足説明を入れさせていただきます。企業に属している以上、会社の利益のために働くのは当たり前のことです。会社に所属している価値を提示できなければ、評価されないのは必然。俺はそのことに文句を言うつもりはありません。

 

ただし、「会社のため"だけ"に働いている」と会社からは評価されるかもしれませんが、会社外から評価されるかは別問題になります。

 

何が言いたいかというと、

 

転職活動とは、端的に言ってしまえば「自分は何ができる人間か」というPRなわけです。「何ができる」の部分が分かりやすい「共通のモノサシ」がある場合は話が早い。「自分は○○ができます」⇒「それはすごいですね」というコミュニケーションが成立します。同業だったり、所有資格だったり、開発実績だったりすると、このあたりがスムーズなのでしょう。しかし、専門特化し過ぎてこの共通のモノサシがない実績ばかりをあげていた場合、「自分は○○ができます」⇒「はあ、でもそれってすごいんですか?」というコミュニケーションになってしまうわけです。俺が陥っているのはコレなわけですよ。ははは。

 

「会社のために働いてきた」、これは間違っていなかった。しかし、もう1つの軸として、共通のモノサシで測れそうな実績を出すといった「自分のために働いてきたか?」というと、あまり考えてこなかったかも…と猛反省する次第です。

 

「何モノになるか」という目的意識は大切

先日、俺が尊敬する数少ない人生の先輩、フミコフミオ先生がこんなエントリーを投稿されました。

 

delete-all.hatenablog.com

 

エントリー内容の主旨とは少しズレるのですが、自分的にグサッと突き刺さった内容がございました。それは、フミコ先生が相手の方に問う「何ものかになるための努力はされてきたのですか?」というところ。エントリーの主旨とはちょっと違うのですが、俺自身、別の意味でこの意識はとても大事だなぁと思ったわけです。

 

会社のために全力で働く。それはいい。しかし、その会社が消滅した場合でも仕事に困らないような「俺はこれで食っていく」と言えるような何モノになるかをイメージし、そのために仕事や成長機会と向き合っていくべきなのです。これをHR業界ではキャリアデザインといったりするのでしょうが、この歳になって、その重要性を痛感するとともに、これまでの自分の至らなさにゲンナリしている今日この頃です。

 

「今日はパスタが食べたい」と思ったら、足は自然とパスタ屋がある方向に向くもの。何が食べたいのか特に決めないと歩いていれば、道に迷う、選択に迷うのは必然。人生も同じなんですよね。目的のない努力やがんばりは、報われないものなのです。だって、そもそもゴールを決めていないのですから。

 

何も考えないで生きてきた。それって、まさに「ゾンビ」と形容するのにふさわしいと思いませんか。ははははは…我ながら上手いことを言ったなぁ(はぁ…)。

 

ゾンビでも、生きねば

それでも、愛する妻も子どももいるわけで。働かなければならぬわけです。仕事はあるんですよ。俺でも入れる会社があるのは知っています。タ○シーとか、シ○アリ駆除とか、リ○ォームとか、投○用不動産とか、郵○局とか、ね。

 

でも、俺もメンタルやられただけで会社を辞めたわけではなくて、自分なりに10年後・20年後を考えたときに、今、身につけておくべきスキル・経験があると思って前の会社を辞めたわけですから。それを叶えないと、この歳で辞めた意味がありませんので、もうちょっと粘りたいと思っています。

 

どこまで粘るかのタイムリミットは「3月中」と設定。それまで、俺という転職ゾンビは、新たな面接を求めて、大都会を転職ウォーキングデッドなわけです。

 

マイナビ転職フェアの会場もさまよっていると思います(笑)。