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【わくわく転職後ライフ】40代の転職活動とプラモデルの思い出の話。

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こんにちは、レトロゲームレイダー/ジョーンズです。
世の中では12月28日で仕事終わりという方が多いようですね。かくいう私も28日に依頼されていたライティングの仕事を納品しまして、とりあえずひと安心といったところなのですが、転職活動のほうはというと三歩進んで二歩下がるといった状況でございます。内定が1つ反故されちゃいました。ぐふっ。

 

 

 

 

「やっぱり今回は見送りたい…」

40代で転職活動をやってみて思うのは、「40代ってそんなに価値がないのかな」ということです。とにかく応募しても連絡が来ないなんてのはザラ。これまでの仕事の実績をきちんと書いても書かなくても、「40代の転職者は訳あり物件」と見られている気がします。被害妄想かもしれませんが、複数の企業の採用担当者と仲がいい俺は実際そういう話を聞いているからたぶん事実です。なので、「地雷と疑ったほうがいい」と思われているのでしょう。しかし、採用担当者のその気持ちはよく分かる。俺だってそう身構えると思う。そしてわが身に降りかかる内定の反故である。ぐふっ。分かるけどツライ。おそらく対立候補に活きのいい若手人材がおり、「未完成だが可能性がある」としてそちらに席を奪われたのでしょう。採用担当の気持ちはよく分かるのですが、「コイツにはこれ以上の可能性はない」と判断されたようでこちらはガックシでもあります。『ドラゴンボール』の人造人間編で人造人間20号孫悟空に向かって「年齢を考えるとこれ以上の急激なパワーアップは考えにくいと判断した」と語るシーンがあるのですが、あのセリフが突き刺さる。この歳になって、あのセリフがこんなに俺を苦しめることになるとは…。

 

転職活動とはプラモデルである

子どもの頃、ガンプラブームがあったんですよ。俺の住んでいる町にもプラモデル屋さんがあって、いつも子どもたちと大きいお友だちで盛り上がっていました。塗装して作られたプラモデルはショーウィンドウに飾ってもらえるんですよね。俺のドダイYSも飾ってもらえました。誰かが作ったグフに踏みつけられていましたけど。

 

そのショーウィンドウに飾られていたプラモデルは制作者の希望があった場合、欲しい人が買うこともできました。コンプライアンス的にそのあたりは大丈夫なのかな」と、今となっては思うわけですが、まあ、それは置いといて。他の人がすごく上手く作ったプラモデルを購入することができたわけです。忘れもしません。スゲェかっこいいザクのプラモデルが売りに出ていました。砂漠での戦闘用にカラーリングされていて、すでに複数回の戦闘を経験したようなキズもつけられています。まさに、砂漠地帯戦闘用ザクでした。ザクといえばグリーンやディープグリーンを想像されるかもしれませんが、そいつのボディはサンドイエローやダークイエローなのです。砂漠で敵に視認されにくいカラーリングなのですよ。イカス。当時はまだMSVがリースされていなかった、もしくは俺の住む街には流通していなかったので、最高に最先端の解釈が施されており、プラモデルとしてのクオリティも高かったのです。ボッキ。それが売りに出ていた。当時まだ小学生の俺でも買える値段でした。俺は悩みました。欲しい。このザクが欲しい。しかし、俺は結局そのザクを買いませんでした。ザクの新品のプラモデルを購入したのです。理由は、その完成された砂漠地帯戦闘用ザクを超えるザクを自分の手で作りたかったからでした。まあ、作れるわけもなく、塗装から失敗してしまうわけですが。それでもなぜ新品を選んだのか。それは、完成されたものはそれ以上の姿にはならないですが、未完成のものには既存の完成品を超える可能性があったからです。その可能性がこれ以上ないバリューに思えたのです。

 

「ああ、俺はあの時の砂漠地帯戦闘用ザクのプラモデルだ…」
俺はそう思いました。

 

40代である程度キャリアが完成された俺は、即戦力としてはまあまあのものですが、これ以上ドーンと進化する可能性は低い。しかし、若い人材には目の前の完成品を将来的にドーンと超える可能性があるように思ってしまうものなのです。その完成品というお手本があれば、超えていくことも可能であろうと。まあ、大抵そんな上手くいくわけがないのですが。これを私は、『採用・転職におけるプラモデルの法則』と名付けたいと思います。

 

プラモデルは完成してしまうと、それ以上にクオリティを上げていくことは難しいです。しかし人間は違います。より磨きをかけていくことは可能ですし、自分からセールスポイントを発信していくことができる。そう、諦めたらそこで試合は終了であり、俺は諦めの悪い男であり、静かにしろいであり、ブログの「いいね!」が何度でも俺を甦らせるのです。

 

そんなわけで、落ち込むこともあるけれど、私は元気です。…たぶん。