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【レトロゲームの話】『ドラゴンクエストVIII 空と海と大地と呪われし姫君』は、PS2で作った本気のドラクエって話。

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今週のお題「ゲームの思い出」

私は好きですし、商業的にも一応成功した前作『ドラゴンクエストVII』でしたが、「もう今までの古き良きスタイルではユーザーを納得させられない」という大きな課題をつき付けられた作品でもあったように思われます。これは、長寿シリーズの難しいところで、「昔ながらのスタイルじゃないとドラクエじゃない!」と怒る古参ファンと、「最近の他のゲームに比べると古臭いよな」という新規ファンに囲まれた結果、着地点として見出したカタチで中途半端だったのかもしれません。

 

じゃあ、次のドラクエはどうなるのか?FFみたいに、ムービーを多用したストーリー重視の作りになってしまうのか?いいえ、違いました。

 

 

 

その真逆に振り切って、「RPGのストーリーなんてものは、プレーヤーを先に進ませるだけに過ぎない。プレイして自分なりのストーリーを作っていくのがRPGだ!」という声が聞こえてきそうなほど、「フィールドを旅することが楽しいドラクエ」に仕上げてきたのです。その根拠はサブタイトル。オマケで「呪われし姫君」というワードが付いていますが、「空と海と大地と~」と言っていることから、ポリゴンで作られた「世界」が売りなのは明らかです。キャッチコピーも「見渡すかぎりの世界がある。」ですからね。

 

「マジか!」

 

発表された当初、私は思わず叫んでしまいました。なぜなら、ファイナルファンタジーを筆頭にRPGはたくさん作られていましたが、フィールドは次のイベントが控える街までの移動空間であり、レベルアップのための作業場――そんなRPGが量産されていく中で、真っ向から異を唱えた作風だったからです。

 

そう、ドラゴンクエストって、王者なのにロックなんです。

 

開発に技術力の高さで定評のあったレベルファイブを迎えて、これまでのPS2RPGでは見たことがないほど、移動途中でのデータ読み込みを感じさせない広大な「世界」を実現させました。これは本当にスゴイことで、これまでのドラクエのフィールドって、いわゆる天上界から神が見下ろす感じのトップビューだったのですが、それが地上に堕ちて地に足を付けたくらい、その世界の一部にプレーヤーをしてしまったからです。

 

これが何を意味するのか? RPGのフィールドはふたたび、「先に進むことでどんな景色が見えるのかワクワクする冒険の舞台」として地位を復活させたのです。

 

ドラゴンクエストVIII』は、フィールドを歩くことが本当に楽しいゲームでした。時間の流れもあって、太陽は東から登り西へ落ちていく。昼間はハイキングにちょうどよかったのどかな森が、夜は足を踏み入れた者に恐怖を与える領域になる。洞窟は本当に迷いやすく、本当に生死を分ける危険な場所になる。高いところに上り、次に行くべき目的地を見つけたときの嬉しさ。HPとMPとアイテムの残量が少なくなっても街が見えない時に感じるのは、この探索を甘く見ていた自分自身への反省。このプレイ感覚は、初代『ドラゴンクエスト』に通じるものがあります。

 

そこで気が付いたのです。これは、PS2の性能でドラクエの面白さを再構成した作品なのだ、と。


PS2版は上記のような制作意図があったのは間違いありません。しかし、3DS版はPS2版のコンセプトとは違ったところを目指した作りになっています。その背景として考えられるのは、PS2版で実現した広大な世界の冒険は、3DSの時代では過去のものになっていたから。マップが広大なMMORPGはいくらでもありますし、もはや時代は、フィールドを歩くだけで楽しいと思えなくなっていました。

 

だからこそ、ストーリーの強化、パーティメンバーの追加、新エンディング、音声といった追加要素が加えられています。3DSという携帯ゲーム機の画面では、例え3Dを使ったとしても、広大な世界を歩くという感動体験は与えられないと判断したからでしょう。それだけPS2版は仕様が尖がっていた、時代と市場動向に合わせすぎた作品だったと、私は解釈しています。