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助けようと思った後輩8人のうち2人しか助けられなかった話。いや、そもそも助ける必要があったのかという話。

 

 

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以前働いていた会社は、ブラックな環境でした。正確に言うと、会社自体はブラックではないのですが、未熟なマネジメントゆえに、環境がブラックになっていたというべきでしょうか。そんな環境で苦しむ後輩たちを、俺は助けてあげたいと思い、行動に移しました。しかし、ロクな結果にならなかった…そんな後悔の話です。

 

 

マネジメントが下手すぎる制作組織

俺は広告に関わるクリエイティブの仕事をしていたのですが、所属していた制作組織が、アタマのかたい、昔ながらの因習に囚われた古い組織でした。その因習というのが、「師弟制度であり、師匠が弟子をしごいて育てる」というものです。

 

俺はこの制度自体を否定するつもりはありません。一定の成果を出してきたものですし、使う側がうまく運用できれば、後進をきちんと育てられる仕組みでもあると思っています。問題は「師匠」のほう。これが、バカの1つ覚えのパワーハラスメントしごきなのでした。

 

まず、師匠が定めた「正解」があり、それに対して弟子が「正解」に辿りつく上でできていない点を師匠が指摘していき、なぜできないのかを弟子に考えさせる。そして、改善方法を考えさせる。このような流れなのですが、できていないことの指摘が人格否定にまで及ぶのです。「思いやりがないね」「人としてどうかと思う」「レベルが低すぎる」「どういう人生を歩んできたのか」「俺ならお前なんて採用しない」「こんなんじゃどこに行っても通用しない」…などなど。なぜ、このような伝統が続いているかというと、今残っている人たちは、こうやってしごかれてきたから。「俺はこれで育てられた」から「厳しいかもしれないけれども正しい」と、みんな思っているのです。

 

恥ずかしい話ですが、俺も最初はこういうマネジメントをしていました。でも、早い段階で誤りに気がついたのです。いや、涙を流して訴える部下の女の子の言葉で気づかされたのでした。

 

「ジョーンズさんがおっしゃることは正しいと思いますが、私にはどうしてもできません。なんでできないかも分かりません。ある人には簡単にできることが、ある人には難しいってこともあるんじゃないでしょうか」。言われて初めて気がつきました。たしかにそうだ。その点をまったく考えられていませんでした。クリエイティブの仕事は、広告の先にいる読者を見なければなりません。でも、すぐ目の前のメンバーのことが、俺は見えていなかったのです。

 

人はそれぞれ、得意・不得意が違うもの

分かりやすくドラクエに例えます。

とある洞窟の最深部にあるアイテムを1人で取ってこなければならないクエストがあったとします。その1人が「勇者」の場合、攻撃力も防御力もそこそこあり、回復呪文も持っているため、攻略は比較的ラクに進めることができるでしょう。「戦士」だった場合。攻撃力と防御力は申し分ありませんが、HPの回復が心配です。道具に薬草などのアイテムをつめていく必要があるでしょう。「魔法使い」だった場合。攻撃も防御もMP次第。なるべく戦わないで進むのが無難でしょう。しかし、脱出呪文リレミトが使えるため、帰りのことを考えなくて良いです。

 

こんな風に、人間も得意・不得意がありますから、1つの試練を乗り越える方法は、人それぞれなのが当たり前。前にいた制作組織の方針は、僧侶タイプにも魔法使いタイプにも、「戦士としての攻略法を要求する」というものだったのです。

 

当然、脱落者が出ます。しかし、その脱落者のことを「職業適性なし」と切り捨ててきたのでした。マネジメントラインの飲み会で、「俺は○人辞めさせているけどね(笑)」を笑いを取る鉄板ネタとしている人間もいたのですが、アタマおかしいですよね。俺はまったく笑えませんでした。

 

・人それぞれ長所と短所があるのに育成方法が画一的
・3年以内の離職者が3割超え

 

この2点は大きな問題。そして、育成方法を個人に合ったカタチにしてあげることで離職率は改善できるのではないかと、俺は考えました。そして、以下のことを自分のチームメンバーに対して行なったのです。

 

パワハラ的な指導は絶対にしない
・スキルマップを作り、一人前の合格ラインを作った
・フィードバック時に、よくできている所とできていない所を伝えた
・長所は、褒めた
・短所は、どう向き合っていくか徹底的に話し合った

 

この方法によって、メンバー1人ひとりが長所と短所を自覚して、合格ラインである一人前認定に至るまでどう戦っていくべきか、この会社で仕事をしていくスタイルを確立できると考えたのです。

 

すごく上手くいきました。この方法によって俺のチームメンバーは、他の同期たちと比べて苦しい思いをすることなく、パフォーマンスを順調に伸ばすことができ、周りからも「楽しそうに仕事しているチーム」と言われるように。チームメンバーから「同期の子が苦しんでいるから相談に乗ってあげてほしい」と言われ、みんなで餃子を食べに行きながら、制作物のチェックをして長所と短所を伝え、仕事が楽になるようなアドバイスを行なったりもしていました。

 

俺は、目の前の後輩たちが、不必要に苦しんでいたので、ただ仕事が楽しめる状態にしてあげたかっただけです。俺が確立した育成方法も、もっと精査していく箇所はあるものの大枠間違っていなかったと思います。ただ、「足並みを揃えない」「独断専行」といった理由から組織運営の点で問題視され、チームは解体、俺は新人育成ラインから外されます。

 

その後、俺がアドバイスしていた後輩たちはバタバタと倒れていき、俺が育成に少しでも関わった8人のうち残ったのは2人。あとはみんな、体か心を壊して、辞めていってしまいました。

 

幸せって、なんだろう?

自分の無力さに打ちひしがれながら何年か暮らしておりましたが、ある時、辞めたメンバーから連絡が届きました。

 

「このたび、いい出会いがあり、結婚することになりました」

 

その子は、結婚願望がずっとあったものの、なかなかいい出会いがなく、「自分はこのまま結婚できないのかなー」と思っていたそうです。しかし、俺がいた会社をやめて、新しい仕事に就いて、そこでいい出会いがあり、結婚の夢が叶ったそうな。本人曰く、「あのまま、あの仕事を続けていたら、プライベートのことを真剣に考える余裕がなくて、出会いがあっても気づけなかったと思います」とのこと。

 

その言葉を聞いて、俺は自分の愚かさに気がつきました。俺がメンバーのためを思って行なったことは、果たして本当にメンバーのことを思って行なったことだったんだろうかと。ただ、俺が正しいと思っている価値観に、メンバーを巻き込んでいただけではないか。あの会社で働いていくことが本人のために絶対いいと信じて行なっていましたが、それこそが欺瞞だったのではないか。俺が大嫌いだった「職業適性なし」と早めに切り捨てるマネジメントのほうが、下手に延命させるよりも本人たちの為だったのではないか。そういう可能性があったことを教わった気がします。

 

あの時、俺がやったことは正しいことだったのかどうか。それはよく分かりません。人間万事塞翁が馬。何がどう転んでどんな結果が出るか分からないものですから。ただ、独善的かもしれないですが、何もやらないよりはやったほうがいいと思いますし、あの時、俺は守りたいと思った人たちに対してできる最善のことをやった、そのことは後悔していません。正しかったかどうか、それはずっと考え続ける必要があるのかもしれませんが。