ほぼ日刊レトロゲームレイダース

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警察官をクビになった話の漫画版を読んで、現代日本社会の問題点について考えてみた話。

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こんにちは、レトロゲームレイダース/ジョーンズです。
いろいろ忙しくてリアルタイムからずいぶん遅れて話題にするのですが、ハルオサンの人気ブログ「警察官をクビになった話」をハルオサン自身が漫画にしたエントリーが話題になっていました。たくさんの「いいね!」「リツイート」で拡散されたのでご存知の方も多いのではないかと思います。あの記事について、考えさせられたことを書きます。

 

 

 

 

警察官をクビになった話

www.keikubi.com

 

今回話題する記事はこちら(↑)です。
ハルオサンは志を持って警察学校に入ったわけですが、そこで待ち受けていたのは想像を超える閉鎖的な社会であり、ハルオサンはそこで組織的にいじめに遭い、自主退学に追い込まれたという話です。

 

なんてひどい話でしょう。最初に読んだ時、俺は「警察官になる!」と無邪気に宣言しているウチの息子が同じような目に遭ったらと思い、涙があふれて出てきて、ディスプレイがにじんで、ちゃんと見れませんでした。正義を振りかざして弱者を叩く。そんな人たちが警官になっているなんて、日本はどうなっているんだ!

 

しかし、すべて読み終えて、

 

「これ違うかも?」と考えが変わりました。「この記事に安易にいいね!をするのは危険だな」と感じたのです。

 

今回の記事は、ハルオサンを批判することが目的ではなく、「発信されたネガティブ情報に脊髄反射で反応してしまう人たちに対する警鐘」として、「よく読んでみると、別の真実が見えてくることもあるから、落ち着いて情報を受け止めようぜ」という話です。

 

発信力があるから、埋もれなかった事実

ひと昔前だったら、ハルオサンが受けたこのような出来事は表に出て来づらかったでしょう。インターネットの発達によって、個人発信が自由にできるようになったからこそ、こういう埋もれていた事実は明らかになったのだと思います。それは間違いないでしょう。そして、警察学校内でハルオサンが告発しているような組織的ないじめが起きているのなら、これは大きな問題です。こういったことにスポットが当てられるようになったことは、とてもいいことだと思います。

 

その一方で、考えてみるべきこと

戦争をする2国にそれぞれの正義が存在するように。この世の中には絶対的な正義は存在しません。そのため、問題が起きた際には、「両者の言い分をきちんと聞く」というプロセスを踏んで、「本当は何があったのか?」を把握することが基本です。どちらか一方の話だけを鵜呑みにしては公正な判断はできません。

 

電車での痴漢告発なとがいい例ですよね。被害者の女性の言い分が有利に働くようになっていますが、「被害者だ!」と声をあげた人が被害者ではない場合も多分にあることを私たちは知っています。ゆえに、ハルオサンの言い分は当然受け止めるけれども、そのまま信じるのではなく、相手側としてはどうだったのか?ということを考えてみるプロセスが必要だと思いました。

 

夢を奪う者と、夢を奪われそうな者

ハルオサンは警察学校内の同期たちによって、そして警察学校の仕組みによって、「自分が警察官になる夢を奪われた」と言っています。それは1つの事実でしょう。では、同期たちはなぜそのような行ないをしたのか。そこには、連帯責任という警察学校内の仕組みがあるようです。これは、チーム内できちんとできなかった者がいるとき、連帯責任でチームメンバー全員が罰を受けるというもの。その良し悪しはおいといて、チームワークが求められる職業訓練ではよく用いられる方法ですし、成果も出ると俺は思っています。

 

ハルオサンはチームの足を引っ張る存在でした。それがチームメイトからの反感を買ったという流れです。では、チームメイトはどんな人たちだったのか。おそらく純粋な思いで「警察官になりたい!」と思った人たちでしょう。自分の将来が決まるという学校内で、成績不優秀という悪目立ちをするのはいい事ではありません。それが自分の成績ならともかく、チームメイトが足を引っ張った上でのことだとしたら?

 

例をあげると、就職活動で第一志望の有名大手企業の選考において、チームプレイで合否が決まるといった状況があったとして、足を引っ張ったメンバーのせいで選考に落ちた…というとき、本人を責める責めないは抜きにして、足を引っ張ったメンバーに責任はないでしょうかあるでしょうか。そして感情はどうなるでしょうか。

 

同期たちにとっては、くり返しくり返し自分たちを窮地に立たせるハルオサンが「夢を奪う者」であり、自分たちが「夢を奪われそうな者」という被害者意識があったとも考えられないでしょうか。もちろん、暴力やいじめは許されません。ここで俺が言いたいのは、「ハルオサン自身が純粋な被害者ではない可能性も十分ある」ということです。

 

被害者を疑うという非道について

「被害者のことをそんな風に疑うなんて…」という意見もあると思います。自分でもヤなことを考えているなぁと思います。しかし、さきほどの置換冤罪の例と同じように、「被害者が弱き者」とは限らないですし、「責められにくい被害者という皮を被る人」だって世の中にはいるのです。そういう人は、「狡猾に自分の利益のために計算してやるタイプ」もいますが、俺が一番恐れており、面倒くさいし、できれば関わりたくないと思っているのは、「自己愛が強くて、被害者意識が強くて、自分の身を守るためなら敵対する対象に超攻撃的になるタイプ」。いるんですよ、本当に、こういうの。

 

だから、被害者を疑うのではなくて、事実をきちんと把握するということは、本当の被害者を救うことになると思い、あらゆる可能性は探るべきだろうと思っています。

 

本当の被害者かどうかを、どう見極めるか

人間は、その人自身の人格や思想が言葉や行動に出るものです。何を発信しているか。どんな行動をしているか。それを見ていけば、「その人がどういう人なのか」が見えてきます。ハルオサンについては、以下のような言葉や行動があります。

 

・みんなに知ってほしいと思って漫画にした
・警察学校と教員と同期への批判
・自分の夢が断たれたという絶望
・今でも傷が疼くけど元気にやっている
・問題提起はしていない
・解決のための考察はない
・自分の落ち度についての記述なし
・同期や教官へ嫌悪はあるが理解しようという歩みはなし
・PVに対して喜びの報告

俺はすべてのブログ記事に目を通しているわけではないので、上記の記述は該当記事周辺のことしか見れていません。だから「ここは違うよ」という箇所があったらすみません。ただ、俺としては「?」と思うところはありました。別の書き方をすれば、そう思われないのにな…という箇所も。しかし、それは俺の主観でしかありません。なので、本人がどういう人なのか、そして何を信じるかの判断は、皆さん、それぞれの持っている情報を踏まえて判断していただければ思います。

 

現代日本社会の問題点

「声の大きい人」「センセーショナルなそれっぽい話」がバズるというのは、とても短絡的ではあり、ネット社会の悪しき一面でしょう。今回の話は、もっと議論が起こるべきなのです。議論が起きない、何も考えずにリツイートする・いいねを押すというのは、これはもう脊髄反射みたいなもので、何が怖いのかというと、こういう「考えない人たち」は、いつの時代もいいように利用されるだけなんですよ。そして、利用された後に被害者面するんです。

 

偉そうなことを言っていますが、俺も知らず知らずに脊髄反射でネット内での物事を判断しているかもしれません。考えない人かもしれません。情報に踊らされるとはまさにこういうこと。きちんと考えていく、流れてくる情報の本質を考えていくというプロセスを踏んで、考えられる人間でありたいものですねって話でした。