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【雑談】『天空の城ラピュタ』のラピュタ人=宇宙人説。

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この記事は、スタジオジブリ作品『天空の城ラピュタ』についての考察です。ネットでは同様の考察が上がっていると思ったのですが、Googleで検索してみても出てこなかったので、とりあえず、今日ずっと仕事もせずに考えてきたことを書いてみたいと思います(仕事をしろ)。

 

 

 

 

ラピュタ人は宇宙人ではないのか?

空中都市ラピュタを作ったとされるラピュタ人は実は宇宙人だった、と考えるほうがしっくりきます。なぜなら、何度観てもラピュタの科学力は、劇中人類(軍隊)よりもはるかに高いからです。

 

人類の歴史ををみても、ごく一部の地域の一種族だけケタ外れの技術力を有するというのは考えにくい。飛行石だけならまだしも、ロボットやラピュタの心臓部のコキーンコキーンという石とか。まともなレベルの科学力じゃありませんよ。

 

私が考察する『天空の城ラピュタ』のバックストーリーは以下のような感じ。

 

はるか昔、大地に巨大な船が落ちてきた。

その船は星々の海をわたる力を備えていたが、長い航海の中で故障が生じ、この青き星に不時着せざるを得なかったのだ。着陸によって、多くの同胞が死んだが、まだ生きている同胞も数多くいた。

 

彼らは自分たちの星に帰るために、この星の素材をつかって宇宙船を修理することにした。何度かの調査によって、この星に関するいくつかのことが分かった。星には原住民が存在し、その姿形は自分たちと変わらない。しかし、文明レベルは低く、助けを乞うのは難しそうだった。朗報は事故で破損したエネルギークリスタルを、この星の鉱物からも作れそうということだった。星の人々は沸いた。

 

しかし、やがて星の人々は大きく絶望することになる。この星の鉱物から作り上げたクリスタル「飛行石」では、宇宙船を浮かすことは出来ても、宇宙に飛ばすまでの力は少なくとも今現在の自分たちの技術力では得られないことが分かったのだ。

 

彼らの故郷の星への帰還の望みは潰えた。「しかし…」と一部の人間たちが言った。「これはいい機会ではないのか。私たちの科学力を持ってすれば、文明レベルの低いこの星の“神”になれるぞ」。反対派も存在した。「ここは彼らの星だ。私たちが不必要に干渉すべきではない」と。

 

「気は確かか?運命を受け入れろ。私たちはこの未開の星に取り残され、強大な力を持って存在している。それを使わない手はない。むしろ、この星の原始人類にとって、優れた指導者たるわれわれが存在し導いたほうが、彼らの未来は明るいのではないか。われわれと同じ道を歩ませなくて済むのではないか」「それは傲慢というものだ」

 

議論は果てることなくつづき、やがて星の人々は2派に分かれた。一派は技術を用いてこの星に君臨せんとする者たち。もう一つの少数派はこの星の民と交わり、この星の住民として生きていく選択をした者たち。少数派は船が落ちた山間部でひっそりと暮らす選択をした。

 

星の人々=ラピュタ人の暴走がはじまった。

 

彼らは、宇宙船に積んであった兵器やロボットを用いて、未開の民の導きという大義名分をもって侵略を開始した。それは戦争にすらならない一方的な虐殺だった。望むかぎりの富と栄華をラピュタ人たちは得ることができた。支配した国の人々は強大な力によって奴隷とされた。その数は何十万とも何百万ともいわれる。ラピュタ人の権威を示すために、奴隷たちは巨大な城、巨大な都市を作らされた。空に浮かぶ城と都市群。それらには鳥にでもならないかぎりたどり着くことができない。そこには地上から強奪した金銀財宝が貯蔵されていたという。

 

人間の尊厳のために、戦いを挑む勇敢な人々もいた。しかし彼らは見せしめとして滅ぼされる。兵器の名は「ラピュタの雷」。跡形もなくなるほど。後に残されたのは、巨大なクレーターだけ。その恐怖は文献に記され、一千数百年もの間、語り継がれることとなる。

 

ラピュタ人はこの星の人々よりも長く生きることができた。その寿命は、この星で200~250年ほど。人と同じ姿形をしながら人ではないラピュタ人を、地上の人々は「神」として崇め、恐れた。

 

永遠に続くかと思われたラピュタの繁栄。しかし、それはわずか100年ちょっとで終りをづける。その原因は疫病だった。

 

しかも、その疫病は地上の人々には蔓延しない。ラピュタ人だけに猛威を振るった。治療の目途が立たない。くわしい原因も分からない。ただ、高齢の者から倒れていき、新たに生まれた若者たちの寿命も確実に短くなっていった。

 

研究医療班は1つの仮説を立て、100年前に袂を分かった少数派のラピュタ人たちを探した。その者たちは、あの山間部で家畜を飼い、星の者たちと交わりながら、慎ましく暮らしていた。彼らの中にも疫病で死んだ者たちはいた。しかし、この星の人々との間に生まれた二世以降に、疫病の兆候は見られなかった。

 

真相は分からない。しかし、この星で進化しなかったラピュタ人はこの星で長く生きることを拒絶された。おそらく進化の過程で培われた何かしらの抗体を持たないラピュタ人は、この星の人々との間に子を成さない限り、子孫を残す方法がないのだ。

 

それは天上人となったラピュタ人に人間に戻れということ。当然、反対の声も強かった。しかし、事態は深刻を極める。ラピュタ人は次々と疫病によって死んでいった。つい数年前まで栄華を誇った都市は、瞬く間に無人の廃墟へ。巨大な慰霊碑が作られ、城は巨大な墓標と化した。

 

ラピュタ人は決断する。地上に降りて、この星の人々と交わることを。

 

かつて空を埋め尽くさんとしていたすべての空中都市が海へと沈められた。原始人類に見つかり、持て余す力を悪用されないための措置である。ただ1つ、王城は残された。その理由は、王城の中心こそ彼らが乗ってきた宇宙船だったからだ。彼らはいつか子孫が飛行石のさらなる錬成技術を身につけ、母星に帰れるという可能性を残しておきたかったのだ。

 

王城は、気象兵器によって発生した低気圧に覆われた。王族だけが持つ起動キーとなる飛行石がなければ、その封印が解かれることはない。また、起動キーだけでは、悪用されるリスクがあったため、2つに分かれた王族に、「起動キー」と「ラピュタの知」のそれぞれを預けた。2つが揃わなければ、ラピュタは甦ることはない。いつの日か、子孫たちが手を取り合って、星に至る道を見つけることを願ってのことだった。

 

かくして、ラピュタは忽然と歴史から姿を消した。

 

そして年月だけが過ぎていく。地上に降りたラピュタ人たちはその身分を隠して、地上の人々たちと血をまざり合わせ、この星に適応してわずかに生き延びることに成功した。遠き故郷に思いを馳せながら、この地で生きていく決意をした思いは、数百年もの月日の中で本当の意味を忘れられた歌として残っていた。

 

土に根をおろし、風とともに生きよう。
種とともに冬を越え、鳥とともに春を歌おう。

 

 

宮崎駿監督によると、ラストシーンである天空の城ラピュタが空高く飛んでいくシーンは、1つの終りと新しいはじまりを象徴しているそうです。この私の妄想を踏まえて、あのシーンと「君をのせて」の歌詞を考えると、『天空の城ラピュタ』が別の見えかたにもなってくるなぁ…ということを考えていましたとさ。