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【映画レビュー】『ハン・ソロ スターウォーズストーリー』は「イヤな予感がするぜ」と思っていたら想像以上にひどくて鼻血が出そうな話。

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私はスターウォーズシリーズは好きですが、生粋のファンというわけではなく、シリーズすべてを観ているくらい。原理主義者から猛反発をくらった『最後のジェダイは肯定派です。古きスターウォーズの型なんてぶっ壊れたほうがいいと思っている人間ですが、ハン・ソロ「こりゃ、ダメだ」としか言いようがない駄作です。ただし、『スターウォーズ』をそんなに知らない人からしたら「そこそこ楽しめる娯楽映画」ではないでしょうか。馬鹿どもにはちょうどいい目くらましです。

 

 

 

ハン・ソロの何がいけないのかというと、最大の戦犯は「脚本」です。主人公であるハン・ソロという人物の描きかたが浅い。浅すぎる。びっくりするほど、ハン・ソロを分かっていないことが問題。本作は、エピソード4『新たなる希望』につながっていく話なわけですが、私たちが知っているハン・ソロにはつながらないのです。

 

旧作エピソード4『新たなる希望』に出てきたアウトローであるハン・ソロは、実に魅力的なキャラクターでした。

 

アウトローで、危険な仕事を引き受けながら、自分にルールを課して、本当にやばいヤマのときはいろんなものを裏切ってでも逃げる。だからこそ、いままでいくつもの死線をかいくぐり、生き残ることができたのでしょう。そこまでクールな一面を持ちながら、エピソード4のラスト、デス・スター攻略戦において、ジャバ・ザ・ハットに借金を返すために一度は反乱軍から離れたソロが、ルーク最大の危機に駆けつけたところが『新たなる希望』最大の見せ場でもありました。

 

ソロはもともと大義のために動くタイプの人間ではありません。しかし、気に入った人間のためならリスクを冒してでも助けに行く。そんな情に厚い一面があります。それは、ソロが育ってきた過酷な人生の中で生き抜くために作ったルールを守りながら、感情的にそのルールを自分で破ってしまう。そんな二律背反がとても人間らしく、ハン・ソロを愛すべきキャラクターにしていたのだと私は思います。

 

監督降板などイヤや噂ばかり聞こえてきた本作。映画の出来はともかく、エピソード4のハン・ソロを作ったプロセスがきちんと描かれている作品ならば、私は評価しようと決めていました。

 

が、描かれていませんでした。

 

びっくりするくらい描かれておらず、ここにいたのは、「若くて人が良く、機転が利くお兄ちゃん」。皮肉も言いません。そして妙にポジティブ。それは、エピソード4『新たなる希望』に出てくるハン・ソロに繋がらない、別人の物語という印象です。

 

もっとも本作は、三部作の一作目と感じさせるような伏線がいくつか残っており、ハン・ソロという人間をより深く描くための場を残していたのかもしれません。だとしたら、本作は詰め込み過ぎです。

 

・「ソロ」という名字の由来

・チューバッカとの出会いと相棒になるまで

・ランド・カルリジアンとの出会い

・ミレニアム・ファルコンを手に入れる経緯

・ケッセルランを12パーセクで飛んだ話

・ソロの恋人の話

 

こんな感じで、盛りだくさんの内容となっており、すべてうまい感じに組み合わさっているかというと、そんなこともなく。用意された話を順番にこなしていくような展開で、特にお話的な山場もなく、いつの間にか終わってしまうという感じ。「えー、チューイとの出会いってこんなのでいいの!?」「カルネシアンとの関係って、こんなに浅いの!?」「ケッセルランの話をこんな扱いでいいの!?」とか。決してつまらない映画ではないのですが、『ハン・ソロ』というタイトルで、ハン・ソロが魅力的に描かれていないという点で、私はとてもガッカリしました。

 

ソロの恋人役で、エミリア・クラークさんという女優さんが出てくるのですが、彼女は本作の中でとてもいい味を出しています。彼女の出演歴を調べてみると、あったあった。ターミネーター:新起動』。この作品の鑑賞後の感想と同じ感覚を、私はこの作品で味わいました。エミリアさんが悪いわけではないのですが。なんか、いろいろと、残念です。

 

あと、まったく想像していなかった人物が隠れキャラとして登場するのは驚かされたのですが、登場する意味がまったく分からないという。むしろ、登場してしまったことで、メインストーリーに矛盾が生じるというか、余計なことをしたというか。

 

やっぱり『ローグワン』『最後のジェダイはすごかった。きちんと人間を描いていた。『ハン・ソロ』は、人間ではなく、キャラクターという記号しか描けていない。深さの差はこのようなところで生まれたのではないかと思いました。本当に残念でなりません。

 

ジョージ・ルーカスハリソン・フォードに土下座してこいと思います。