ほぼ日刊レトロゲームレイダース

レトロゲームについて、ほっこり&もっこりする思い出話と雑談多め



【こわい話】知らないおっさんがオレのゲーム部屋でうんこ座りしていて大層ビビったけどなんとかなった話。

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今週のお題「おとうさん」

こんにちは、レトロゲームレイダース/ジョーンズです。私自身が父として問われた体験というと、我が家の中で知らないおっさんがいた時に、毅然とした態度で問題を解決したような気がする、あの事件のことでしょうか。

 

 

 

その日はたしか休日だったと思います。奥さんと息子は児童館に遊びに行っていて、私は一人買い物を済ませて、家に戻ってきました。トントントンと二階に上がって、自分の部屋に入ると、「よう!」といきなり声をかけられ、ドッキンチョと心臓が一拍止まりました。

 

振り向くと、部屋内のステップロフトにあるゲーム部屋に、知らないおっさんがうんこ座りしてニコニコと笑っているじゃありませんか!(うんこはしてませんでした)

 

「ちょっと、あなた!ここは私の家ですよ!勝手に入って何をやっているんですか!」と言おうと思って、実際には「ちょっ…!あっ…!こっ…!かっ…!」くらいしか言えないでいると、おっさんはなんか親しげに、こちらの肩を叩いてきて、

 

「悪かった悪かった!でも、まっ。1つよろしく頼むよ!あれにもよろしく言っといてくれ!なっ!」

 

と、ポンポンと肩を叩きながら、私の横を通り過ぎて、部屋を出ていってしまいました。(奥さんと息子は鉢合わせになったら…!)と思い、すぐに部屋を出たのですが、おっさんの姿はもうどこにもなく。煙のように忽然と姿を消してしまったのでした。

 

これを私は「時空のおっさん、我が家に現る話」として、少し脚色して、帰ってきた奥さんに話したのですが、まったく相手にされません。それどころか、稲川淳二さんのモノマネにケチをつけられてしまったのでした。

 

 

 

そのおっさんの正体が判明したのは、3年後くらいのことです。

 

アメリカに永住している親戚の遺品整理をしているときに、いくつか私の家にまつわるものがあったそうで送られてきました。その中に、30年以上前の家族写真があり、そこにあのおっさんが写っていました。

 

それは、若き日の父その人でした。

 

髪が黒々としていてフサフサの20~30代。私の知る父はもっと年上でしたから、ひと目で父とは分かりませんでした。

 

そういえば。おっさんが出てきた日は、父が亡くなってちょうど一週間がすぎようとしていた頃。父はすい臓ガンで亡くなりました。息子の3歳の誕生日会に、「ちょっと調子が悪い」と言いながらもがんばって出席して、その翌日に病院に行ったところ、ガンの転移が見つかって、そのまま入院。そのひと月後には亡くなりました。

 

ドライな母に代わって、私は「もうやばい」という状態の父にできるだけ付き添おうと、病室で本を読みながら、いっしょの時間を過ごしました。時折、父は目を覚まして、はあはあという荒い呼吸の中で、何か言っているのですが、ドラマのようにきちんと聞き取ることができず、私は「ごめん。父さん。何言っているのか、よく分からないや」と答えたのです。すると今度は聞きやすい声で「そりゃ、そうだよな」と、父は言いました。

 

「悪かった悪かった!でも、まっ。1つよろしく頼むよ!あれにもよろしく言っといてくれ!なっ!」

 

あの時、おっさんが言っていたあの言葉は、「いろいろ迷惑をかけて悪かった!あとはよろしく頼むな!妻(母)にもよろしく言っておいてくれ!」という意味だったのでしょう。父と認識してから、あの言葉が、いつも少し言葉足らずだった父らしいセリフだったことに、私は気がつきました。

 

あのとき、病室で私は聞こえなかったけど父は伝えたかった言葉を、わざわざ言い直しに来てくれた気がします。

 

父はコミュニケーションの上手なタイプの人間ではありませんでしたが、息子である私ときちんと向き合おうとしていた人でした。ムリをして、ファミコンディスクシステムドラクエ3を買ってきてくれたのは、父なりの愛情表現だったのでしょう。寿命が尽きるひと月前まで元気で、入院してからも親子としていろいろな話をした父。亡くなった時は寂しかったけど、後悔のない別れでした。

 

今年は七回忌の年になります。

 

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