ほぼ日刊レトロゲームレイダース

レトロゲームについて、ほっこり&もっこりする思い出話と雑談多め



【レトロゲームの話】『ゼビウス』と、イッパイアッテナの話。

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『ゼビウス』は、1983年1月にリリースされたナムコのアーケード用シューティングゲームです。

 

その名を知らない人はいないんじゃないか?というくらい有名なゲームですが、最近の若い人たちはあまり知らないかもしれませんね。その凄さも分かりにくいかもしれません。でも、本当に本当にすごいゲームだったんですよ。

 

といいながら、実は私も、そんなに気持ちが惹かれることなく、当時盛り上がるゼビウストークを冷静に見ていたクチでした。そう、あの時までは…。

 

 

1983年にアーケードで鮮烈デビューを果たした『ゼビウス』ですが、田舎に住む私の元にゼビ語が聞こえてきたのは、1985年の年末くらい。ファミコン版『ゼビウス』を通してのことでした。

 

友人たちは「すげぇ!」「すげぇ!」と盛り上がりながら『ゼビウス』を遊んでいたのですが、正直、私には何がそこまですごいのか、まったく分かりませんでした。友人は学校で「ゼビウスとぼく」みたいな作文を書くほどのイカレ具合でしたが、本当に理解不能です。

 

「ねえ、セビウスって何が面白いの?」

 

と、私が聞いても、

 

「本当に面白いから!騙されたと思ってやってみ!」

 

と、答えになっていない熱烈プレイ推奨コメントをいただくだけで、私の心にはちっとも響きませんでした。

 

それに、私の家はゲームに否定的だったため、「面白そうなゲームだから買ってもらえる」 なんてことはあり得ません。だから、友人の家で『ゼビウス』を見せてもらうのですが、やっぱりピン!とくる答えを得られなかったのです。

 

そもそも私が見たのは、アーケード版よりもグラフィック面でいくつか劣る(とはいえ、かなり頑張った移植)ファミコン版だったということもあるかもしれませんね。

 

そんなとき、私は1人のお兄さんと出会います。

 

彼はよく公園にいて、小学生たちに囲まれて、いろいろな話をしている男子中学生でした。子どもたちからは、「博士」とか、「ボス」とか、呼び名がいっぱいあり、かなりの人気者。逆に、本名は誰も知りませんでした。

 

そのため、名前は「イッパイアッテナ」とさせていただきます。

 

その日は、イッパイアッテナが小学生たち10人くらいの輪の中心にいて、『ゼビウス』について語っていました。

 

「トーロイドっているだろ?最初に出てくる蛍光灯みたいなやつ。あれは無人戦闘機なんだよ。だから、動きが単調なんだ。逆にタルケン。あれば有人戦闘機。人が乗っている。だから、複雑な動きをしてくるだろ。でも、実際に人が操縦しているわけじゃなくて、脳にパイプを接続されていて動かしている…という設定なんだ」

 

えっ、何を言っているんだ?なんなんだ。そのカッコイイ話は。もっといろいろ聞かせてくれよ。私はそう思いました。その日、イッパイアッテナは、『ゼビウス』の魅力はゲームの裏にある膨大な設定だ、と語りました。そして、なぜ、ゼビウス軍が地球に侵略してきたのか。ソルバルウとは何なのか。熱っぽく語ったのです。

 

そのあたりのくわしい話はこっちのブログに書いていますので、よかったらどうぞ。

 

www.retrogameraiders.com

 

 

 

「マジか!」と思いました。細かいところまできちんと考えられた世界設定を聞いて、私の『ゼビウス』に対するイメージは一転しました。なんてカッコイイゲームなんだろう、と。

 

以前、『バンゲリング・ベイ』の時にも書きましたが、私はゲーム自体よりも、こういった背景を聞くことで、想像力が膨らむというパターンに弱いのです、昔から。

 

イッパイアッテナと仲良くなった私は、特別にイッパイアッテナの家に招待されたこともありました。部屋にはアニメのポスター(劇場版ガンダム)が貼られ、セル画も数点ありました。典型的なオタクの部屋です。

 

今、冷静に考えると、彼の出で立ちはステレオタイプのメガネオタクくんでした。中学生ななのに部活動がある放課後に公園で小学生たちの輪の中心にいるというのも、よくよく考えるとヘンな話です。ひょっとしたら彼は、その趣味ゆえに学校で孤立していたのかもしません。 昔は今よりオタクへの偏見が強かったですから。

 

とはいえ、彼からネガティブなものは一切感じませんでした。「大好きなものを大好きでいて何が悪い?」というオーラが出ていたと思います。たしか同人誌も書いていて、何かのOVAの考察を読まされた記憶が…。

 

イッパイアッテナと付き合いがあったのは、ほんの1年くらい。気が付くと、彼は公園に洗われなくなり、交流はぷっちり途絶えてしまいました。それでも、好きなものについて熱量いっぱいで語るという私の作風に、多大な影響を与えた人なのだと思います。

 

今なら「知らないお兄さんには付いていくな」と怒られる事案かもしれません。でもあの頃は、そのあたりの規制もゆるく、こういった出会いもたくさんあり、ちょっと大人の世界をのぞいて、少年たちは大人になっていったのでした。