ほぼ日刊レトロゲームレイダース

レトロゲームについて、ほっこり&もっこりする思い出話と雑談多め



【レトロゲームの話】『ときめきメモリアル』と、暗黒の高校時代と、誰にも言えないやばいプレイの話。(前編)

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『ときめきメモリアル』は、1994年5月に発売されたPCエンジン用恋愛シミュレーションゲームです。いろいろなハードに移植されることになるこの作品ですが、実は初代PCエンジン版と他の移植版は別モノだったりします。何が違うかというと、他の移植版はギャルゲーを作っていますが、このPCエンジン版はギャルゲーの皮をかぶった別モノだったのです。

 

 

時は、西暦1994年。

高校生になっていたジョーンズは、体育の着替えのときに、同級生のマキシムの背中に見た無数のひっかき傷に激しく動揺していました。「これかい?ハハッ、昨日、ちょっと激しくしちゃってね☆」。マキシムは昨晩彼女とセクセクスをしていたという。このキズは正常位でGダライアスを攻めたときに、感じすぎた彼女によってつけられた男の勲章だとか。

 

(そんな世界があるのか?)

(日本の高校生って、そういうことをしてもいいんだっけ?)

 

高校生の私は、同じクラスで勉学をともにしている同級生がそういうことをしている傍ら、そのような気配がまるでない自分に焦りを感じ始めていました。

 

どれくらい気配がなかったかというと、<『ゼビウス』のゲーム開始から15秒状態>です。よく分からないと思うので解説をすると、『ゼビウス』というゲームはゲームスタート時にあまりに敵がまったくいないんです。ようやく出てきた敵にこちらが近づこうとすると、敵がバラバラと逃げていくのです。そういう状態ということでした。

 

なぜか。スクールカースト最下層ではなかったものの、非モテ陣営では古参の部類にいた私は、当時、女の子がこわかったのです。こわくて、まともに目を合わせることも、一対一で話すのも極度に緊張してしまう状況でした。

 

その理由は、中学時代にまでさかのぼります。

 

中学時代の私は、別に女の子と話すのが苦手ということはありませんでした。クラスメートの女子たちとも上手くやっていたと思います。ただ、本当に好きな女の子がいました。ショートカットがよく似合う女子テニス部の子です。中二のときに同じクラスになり、中三でも同じクラスに。『ピーチアップ』というアダルト系ディスクマガジンの7号のパッケージに描かれている女の子がそっくりです。

 

その子のことが本当に好きで好きで。まあ、純粋だったんですね。その子のことを考えすぎて、中三の1年で偏差値が30ダウンしたくらいです。勉強なんか手につきません。

 

とはいえ、もともと県内トップクラスの高校志望だった学生が、1年で偏差値30も下げるなんて尋常なことではありません。先生には呼び出されるわ。親には泣かれるわ。自分でもこのままではダメだと思っていました。だから告白しました。玉砕しました。しかも、笑い話としてバラまかれました。その好きだった女の子と取り巻きの女の子たちに。たぶん、彼女自身も受験のストレスとかいろいろあったのでしょうが。自分の真剣な告白をそのように扱われたことに大きく傷つき。一時は自殺も考えたのですが。逆にスッキリして受験したら偏差値20くらいアップしたところに受かったわけで。

 

高校進学の際、私は故郷をすてる選択をしました。他県の高校に進むことにしたのです。自分が真剣な告白を笑い話にできるような人たちと、同じ地域にはいたくなかったのでした。新天地で新しい学園生活を送る。これですべて解決するはずでしたが、心に受けたダメージは想像以上に大きかったようで。以来、女の子がこわくなってしまったのです。

 

とはいえ、女の子に興味がないかというとそんなことはなく。冒険家アドル・クリスティン4人分くらいの好奇心は持ち合わせていました。さあ、矛盾です。二律背反です。このような精神状態だったからこそ、保健委員としてクラス全員の検尿を集めたとき、いっしょに女子の分もまとめて持って行ってあげようと女子保健委員に申し出たら、「見ないでよね?」という謎の釘を刺されたわけで。私はまた心のキズを大きくするという一進一退をくり返していたのでした。

 

(ポイントは距離感なんだよな…)

(でも、それがよく分からない…)

 

どういう話題なら話しても自然で、どういう言いかたなら嫌がられないか。その相手との心の距離感がつかめないことがネックだと思いました。まあ、カンタンに言えば、女子との会話慣れしないことには始まらないということ。問題はどうやって会話慣れするかでした。

 

教室の黒板前では、非モテ軍団が高校生にもなって「昇竜拳!」とか、エイサーイハラマイコイ踊りとか、身体を張って実演をしています。本人たちは楽しいのでしょうが、クラス全体からは白い目で見られている。ああなったらおしまいだ。俺はああはならんぞ。そう言い聞かせていたとき、ジゴワット級の天啓がピシャーンとおりてきました。

 

それが、禁断の「ときめきメモリアルリハビリ計画(TMR計画)」だったのです。

 

(後編につづく)