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【映画レビュー】『スパイダーマン ホームカミング』が、なまら面白かった件。

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『スパイダーマン ホームカミング』は、大人の事情によりマーベル作品なのにマーベルで使えない状況が一段落して、ようやくマーベル・シネマティック・ユニバース(同一世界観でのマーベル映画作品群)にスパイダーマンがお目見えする、記念すべき主演1作目なわけです。

 

サム・ライミ版も、マーク・ウェブ版も大好きな私が、本作の見どころをお伝えしたいと思います。

 

 

かなりディープな物の見方をすると、本作の一番アツイところは、今、このタイミングにスパイダーマンがマーベル・シネマティック・ユニバース入りを果たした、ということだったりします。

 

どういうことか?

 

そもそもアメコミ版の『スパイダーマン』は、『キャプテンアメリカ』や『アイアンマン』といった大人ヒーローでの展開に限界が感じられたとき、その突破口として生まれた初の単独ティーエイジャーヒーローでした。

 

1962年のマーベルコミックにとっての"希望の光"が、映画版『シビル・ウォー』によって分裂・半壊したアベンジャーズにとっても"希望の光"という。このシンクロ具合が、まず第一にグッとくるべきポイントです。

 

そして、アメコミ版の『スパイダーマン』は、危うい存在として描かれていたことにも注目すべきでしょう。1960年代、ヒーロー社会にもティーエイジャーは存在しました。しかしそれはサイドキックとしてであり、メンターなしでの単独出演はあり得ませんでした。なぜなら、10代の若者は何が正しいのか何をすべきなのか、自分で決めるには早すぎます。『スパイダーマン』とは、両親のいない16歳のピーター・パーカーが、最愛の叔父を失いながらも、「大いなる力には、大いなる責任が伴う」という遺言を噛みしめ、悩みながら成長していく…そんな物語でした。

 

この大前提を踏まえて、『スパイダーマン ホームカミング』の内容をふり返ってみると、原作のコンセプトをしっかり受け継いだ作品になっていることが分かります。

 

『アイアンマン』ことトニー・スタークとの絡みもアメコミファンからすると絶妙らしく、数ある物語の中では、トニーとピーターは親子のような信頼関係を築くことも、戦友として頼られることも、道具として切り捨てられることもあるとか。どの作品の展開が映画に採用されるのか、最後まで分からないドキドキ演出が、あのモヤモヤ展開なのです。あれを見てモヤモヤするのは鑑賞者の勉強不足であり、「二郎のルールも知らないのに二郎に食いに来るバカと同じ」と、アメコミ好きジロリアンが三田本店で小声で語っていました。

 

『スパイダーマン ホームカミング』は、マーブルヒーロー作品の中では地味な出来映えです。ご近所ヒーロー物語なわけですから。先に公開された『スパイダーマン1-2-3』、『アメイジング・スパイダーマン1-2』に比べると派手さに欠けます。そりゃあ、もう、決定的に。しかし、本来のスパイダーマンはご近所ヒーロー。親愛なる隣人スパイダーマンなのですから。過去作と見た目だけを比べて判断してしまうのは、早計というもの。一番、原作スパイダーマンを描いている作品だと、私は思いました。

 

『スパイダーマン ホームカミング』は、ピーター・パーカーが答えを見つけるまでの物語です。それは同時に、精神的なスパイダーマン誕生の物語であり、肉体的な誕生を描いてきた前2作とはまったく別のアプローチです。「スーツがないとダメな者に、スーツを着る資格はない」。トニー・スタークがピーターに叱るこの言葉は、『アイアンマン3』で彼自身が直面した問題でもありました。街の平和と好きな女の子とのダンスパーティ。両方気になるティーンエイジャーは、スーツを失ったとき、それでも体に残った心の衝動を感じます。それこそ、ピーター・パーカーの根源(オリジン)。それがラストでのトニーに答えるあのセリフに繋がるわけです。

 

大きな仕事をこなすアベンジャーズでは、気がつけない悲劇や声がある。そんな1つひとつときちんと向き合っていこう。それが僕の大いなる責任。そんなメッセージが感じられました。

 

しかし、そんなピーター・パーカーの願いも虚しく、地球にはインフィニティガントレットを身につけたサノスがいよいよ降臨。ピーターは新スパイダースーツを着て、地球最大の危機に立ち向かうことに。つづく物語、『アベンジャーズ:インフィニティウォー』も見逃せませんね。個人的には、髭面になって疲れ切っているキャプテンが心配でならないのですが…。