ほぼ日刊レトロゲームレイダース

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【考察する話】『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』は、結婚してからプレイすると、なんかいろいろグッとくる話。

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ドラゴンクエストV 天空の花嫁は、ドラクエシリーズの中で異彩を放っている作品です。ナンバリングタイトルでありながら、従来のゲームデザインを大きく変更。仲間になるモンスターを戦闘を経て加入させていくという新システムを搭載しました。

 

本作のアイデアポケットモンスターに引き継がれ、ポケモン人気を受けて「今ならもうちょっと上手く作れる」と堀井雄二さんが思ったのか、後にテリーのワンダーランドが生まれました。

 

 

結婚しなくても幸せになれる時代、です。

事実、結婚したことで不幸せになっている人たちもいます。しかし、既婚者の立場で言わせてもらうと、「やっぱり結婚っていいなぁ」と思うわけです。特に私のように、個人でいるよりも、人が集まっているとチカラを発揮できるタイプの人間は尚更です。

 

疲れて帰ってきたときに、明かりがついていて暖かいご飯が用意されている。「あの子、お父さんに聞きたいことがあるから帰ってくるまで起きてる!ってがんばっていたんだけど…」という息子の寝顔。週末の朝早くに起こされる息子のベッドダイビングすらも微笑ましいもの。

 

そういう日々を送りながら、ドラゴンクエストV 天空の花嫁をプレイすると、これが「家族づくりの物語」であることに気が付きます。

 

ゲーム中のイベントで「結婚」や「出産」があるわけですが、そこではなく。ゲーム後半、ミルドラースの呪縛から解放された魔物たちを受け入れて、パーティの人数を増やしていく過程は「家族づくり」だと思ったわけです。

 

ドラゴンクエストVは、シリーズ内でも珍しく、主人公の人生を追っていく作りになっています。少年時代、青年時代(前半)と、あまり幸せな時間を過ごすことができませんでした。いや、分かりやすいひと言でいうと、本作は前半部分が意図的にとても寂しいと感じるように作られています。

 

10数年苦楽をともにしてきた友人すら、結構あっけなく自分のもとを去っていきますからね。「寂しい」「知っている人に会いたい」。この思いが、故郷サンタローズへ、幼馴染のいるアルカパへ、足を進める原動力となっています。ロールプレイングにおけるプレーヤーの心情を上手くコントロールするゲームマスターの巧みさたるや、さすがですね。

 

このような過程があるからこそ、家庭を持ち、魔物使いとして覚醒した後の主人公たちのパーティは、主人公がやっと見つけた、気の休まる信頼できる仲間たちの集まりであり、これは「家族」なのだと思います。メインヒロインであるビアンカが旅籠の娘という設定も納得のいく話で、大所帯を切り盛りする母親の姿を近くで見ているので、大家族を仕切りもなんなくやってのけるでしょう。

 

青年時代(後半)は、主人公が息子(と娘)のレベルを上げるという展開が必ずあります。子どもたちのLv5からのスタートなので、戦力として非常に心もとないのです。自分が盾になり、子どもたちのHPを気にしながら戦闘していく。このシチュエーション、どこかでありませんでしたでしょうか。そう、ゲーム序盤、パパスが主人公を守って、サンタローズの村まで行くところです。1回の戦闘ごとに、大したキズではないものの「ケガはなかったか?」ホイミをかけてくれるパパス。親になる方法は誰かが教えてくれるわけじゃありません。過去、自分が親にしてもらったことを思い出して、子どもに同じことをやっていく。これだけで、ぶわっと来てしまうんですよ。

 

パーティの家族化演出のゲーム的な役割を分析すると、しょせん、モンスターってグラフィックと各種パラメーターというデータでしかないわけで。スマートに考えれば、強いモンスターを仲間にしたら、弱いモンスターは2軍行きもしくは戦力外通告なわけです。堀井雄二さんはそういう風にしたくなかったんだろうなと感じます。「スラリンは、イマイチ使えないんだけど、愛着があって外せないんだよ!」みたいな。『モンスターズ』になると配合が出てくるので違うんですよ。旅先で出会ったモンスターに愛着を抱けるのは、ドラゴンクエストVならでは面白さだと思います。

 

大人になってからプレイし直すと、結構いいものですよ。ドラゴンクエストV 天空の花嫁は。