ほぼ日刊レトロゲームレイダース

レトロゲームについて、ほっこり&もっこりする思い出話と雑談多め



【雑記】「ゲームは1日1時間」って真理だなぁと思った話。

レトロゲームブログを運営している私が言うと「?」と思うかもしれませんが、私は「大人も子どももおねーさんも、長時間ゲームをするべきじゃない」と考えている人間です。

 

なぜか?

ゲームの時間はその他の可能性を奪うからです。

 

別に、ゲームにかぎった話ではないんですけどね。これは、『マネ会』のほうに寄稿させていただいたときに書こうと思って書かなかった(時間がなくてうまくまとめられなかった)話なのですが。

 

人生というものをゲームに例えたとき、あらゆるところにフラグが立っており、行なった行動や選択によって、なるべく多くのフラグを立てられることが、多くのイベント回収につながるものだと思っています。

 

で、時間の話。

 

時間というのは、その時、本人が何に使ったかが問われるものです。何かを選択すれば、その分何かの可能性が失われるもの。例えば、「1時間特にやりたい思わないゲームを暇つぶしにプレイした」とすると。「小学2年生のかわいい盛りの息子と1時間遊んで思い出をつくる」という可能性を失うことになる。

 

もちろん、こんなことを逐一考えていたらビョーキになってしまうわけですが、これはこれで一理ある話だと思うのです。

 

お金が関わってくると、問題はさらに複雑化します。1時間でエッチなお店に行って18000円使うか。1時間で7800円払った新作ゲームをやるか。1時間で580円で買った小説を読むか。どれが正解かなんてわかりません。1つ言えることは、目的を持たないと人生の時間を浪費してしまい、フラグ回収が非効率的になるということです。

 

ゲームに使う時間が悪とは思いません。最近は、オンラインで他のユーザーと関わることができる作品も多いですし、そこが出会いになり結婚に至ったカップルもいます。とはいえ、ゲームに限った話ではありませんが、1つのことに傾倒し過ぎることは、時間の浪費、フラグ回収の非効率という側面もあるということ。

 

かつて私は、「趣味であり、好きだから」という理由でゲームを集めていました。そのときの目的は、「ゲームを集める、押さえておく」ということだったと思います。

 

奥さんとの結婚、子どもの養育、仕事の都の兼ね合い…。失いたくないもの、大切にしたいもの、手に入れたいものを考えた結果、私にとってゲームは「ストレス発散のため」という目的になり、これが奥さんとの関係性、子どもとの関係性、仕事との関係性といった私生活と趣味を守るボーダーラインになりました。

 

ゲームは1日1時間(もうちょっと多くなることもあるけど)。それ以外の時間は他に大切なことのために使う。結果として、昔、高橋名人が言っていた「いろんな可能性にふれてほしいから、ゲームは1日1時間」に着地したという話でした。

 

人にはいろいろな生きかたや正義があるものですから、あくまでも一個人の一意見として聞いていただければ幸いです。